私が教えている塾は個人指導の塾なので、隣で他の先生が他の生徒に教えているのが聞こえてきたりする。この間、隣では中三の子に公民を教えていたのだが、聞くとはなしに聞こえてきたその内容にイライラしてしまった。
「社会権って言うのはね、人間が人間らしく生きる権利のことで、生存権とか一杯あるねん。覚えていこうか」
この説明では社会権がなんたるかを理解せよという方が無茶である。
他を見れば、生徒に日本国憲法の前文が穴埋め形式になったプリントが配布され、暗記したかどうかテストをしたりもしている。理念としても大甘ちゃんで話にならず、日本語としても悪文のお手本みたいなものを訳もわからず暗記させられる生徒たちが不憫でならない。
別にこの先生だけをことさら責めるつもりで挙げた訳ではない。学校の先生にだって、似たようなことをやっている人は少なからずいる(一例としてダメなもの「平和登校日」を参照されたい)。学校の先生の中で人権思想や自由・権利の概念についてきちんと概観を理解できている人一体どれくらいいるのだろうか。
公民教科書の記述
中学の公民教科書について、以前少しだけ触れた。その後も折りにふれ東京書籍や公民の教科書に目を通したりしているが、日本国憲法の諸権利の記述や、人権の記述が通り一遍の表面的な記述に終始しているのが気になって仕方がない。紙数や内容面で制限があることはわかるが、もう少し構造を俯瞰するような指摘が無いと本質的な理解に至らないように思う。
人権思想史についても一章が割かれているものの、それもロック・モンテスキュー・ルソーの簡単な紹介であり、自由や権利がどのように発生したかはわかりづらい。あと、日本国憲法とのリンクにも気を配ってほしい。どうも教科書の記述だと、唐突に日本国憲法の諸権利が羅列されているように感じられるからだ。
文部科学省は詰め込み式の教育を是正し、子どもたちに考えさせる教育を推進していたのではなかったのか。
教える側が憲法とは何かをわかっていない
でも、教科書には通り一遍のことだけ書いてあるからまだましと言える。少なくとも授業で教師が説明することが前提となっているのだからこの方が良いのかもしれない(私はそうは思わないが)。
そう考えると、本当に問題なのは、それを教える社会科の教師が憲法をわかっていないことだろう。
私の中学時代も「人権思想家にはロック、ルソー、モンテスキューの三人がいます」「『国民主権』『基本的人権の尊重』『平和主義(戦争放棄)』の三つが基本原理です」「平等権、自由権、社会権、参政権、新しい人権などたくさんの権利があります」という各事項をプリントを使って説明された(さすがに「憲法を写してこい」という無茶は言われなかったが)。が、こういった事実の羅列を覚えさせられるだけで、当時私が抱いた「つまり憲法って何?」という疑問には全く答えてくれなかった。
この疑問が解消されたのは大学に入ってからだった。小室直樹『痛快!憲法学』が人権や近代国家などを懇切丁寧に説明しており、憲法とは国家権力を縛る(ことで国民の人権を保障する)法律であるという明確な答えを呈示してくれた。
* もっとも、この本は憲法学というよりは国家学とでも言った方がいい本である(社会科学などについてもふんだんに出てくる。私は小室の博識さに圧倒された)。ただ、著者の政治的立場なども随所に打ち出されているので、それはそれとわかって読む必要がある(小室はたまにデムパチックなことも言うからなぁ…)。
ちなみに、人権思想史も含めた憲法について教養・入門レベルで概観したい人には加藤晋介『ざっくり憲法』をおすすめする。小室の前掲書と併せて読むと教養レベルとしてはかなり骨太の理解が得られると思われる。
学校の社会の教師も、プロであるならば(特に「社会は単なる暗記科目ではない!」というのならば)もっと本質的な構造をわかりやすく呈示する努力をすべきだと思う。
私の公民の説明
偉そうに(?)社会の教師を批判するだけでは不公平なので、私の指導法も(批判覚悟で)簡単に説明しておく。その際注意していることは、生徒にまず全体の構造をわかりやすく呈示することである。
まず人権思想のイメージを抱いてもらうため、ロックやルソー、モンテスキューがどんなことを考えたのかをおおざっぱに説明する。で、国家(近代国家)は国民が幸せに生きるためにあるものだということをまず押さえてもらう。
自由権と社会権についても、その人権思想の説明を踏まえ、自由や権利というものがそもそも国家権力から干渉を受けないもの(国家からの自由、すなわち自由権)として成立してきたことを説明する。自由の基本は国に対して「ほっといてくれ」ということだ、と言うのはちょっとおおざっぱではあるが、細かい知識を覚えるための枠組みとしてはこれくらいで十分である。
そして、その上で国が自由権を保障するだけではいけない不都合(例えば、病気で働けない人を「国からの自由」で干渉しないというのは、国民が幸せに生きるためにあるはずの国家の存在目的と合致しない、など)を指摘し、そういう場合には国がそういう人たちの生活を保障するという考え方(国家による自由、すなわち社会権)が発生してきたと説明する。
これだけきちんとわかってもらえれば、各種の権利が自由権か社会権かなど「国に放っておいてもらう(自由権)」か「国に構ってもらう・助けてもらう(社会権)」かを基準に生徒が自分で考えられるようになる。例えば、言論の自由などは、何をしゃべろうが国にごちゃごちゃ言われる筋合いはないから自由権、教育を受ける権利は国に放っておかれても解決しないから社会権、と言ったような感じだ。
ある意味かなり乱暴な整理ではあるが、中学レベルではこれくらいで十分だと思うし、大枠の構造をつかんで理解してもらう点でもそれなりに有効だと自負している。少なくとも、全てを暗記させる授業よりもよっぽどましだとは思っている。
* ただ、これで満足しているわけではないし、それなりに不都合もあるかと思う。もっとこうした方が良い、というご意見等がございましたらどんどんご指摘頂きたい。
高校生向け参考書の記述
気になったので、大学受験の政治経済や現代社会の参考書も覗いてみた。最近は「実況中継」式のわかりやすい参考書がたくさん出ている。その中でも、とくに簡単だろうと思われるセンター試験用のものを読んでみた(人権思想と生存権のところだけ)。
まずは石井克児『センター試験政治経済が面白いほどとける本』。社会権の発生については、20世紀に入り貧富の差が拡大して、など教科書の記述とあまり違わない。これじゃあ講義の実況中継式に収録した意味がほとんどない。書き手もあまりわかっていないのだろう。良くも悪くもきれいにまとめた本、と言ったところだろうか。もっとも、基礎からわかるかどうかはちょっと疑問だが。
もう一冊は、蔭山克秀『センター試験現代社会が面白いほどとける本』。こちらの社会権の発生についての記述は、政治経済のそれよりも丁寧でわかりやすかった。どちらかというと政治経済の方が詳しくないといけない気もするが、それはこの際措く。
ただ、日本国憲法の生存権についての説明はひどい。判例のプログラム規定説を紹介した後「よくわからないけど、ひどい国だよね」などとコメントしていた。これはあまりに軽率な記述だろう。
判例が何故プログラム規定説を採るかについて、説明はおろか理解もせずに(でなければ「よくわからないけど」などとは言わないはずだ)批判的な感想だけ述べるのは、受験参考書としてまずいのではないか。
外国のことは知らないし興味もないが、日本では憲法や人権の概念について誤解している部分が多いのではないか。少なくとも、教育の現場についてはカリキュラムを含めた見直しを検討すべきだと思う。
(了)
《関連記事》
・ダメなもの「平和登校日」
・ダメなもの「東京書籍発行の中学地理教科書」
《参考文献》
・小室直樹『痛快!憲法学』(集英社インターナショナル)
・加藤晋介『ざっくり憲法』(辰巳法律研究所)
・石井克児『センター試験政治経済が面白いほどとける本』(中継出版)
・蔭山克秀『センター試験現代社会が面白いほどとける本』(中継出版)
《トラックバック送信先》
・平和勢力「側面からの憲法攻撃に革命的警戒を!」
『Peace Powers!』
posted by だっしー at 12:12| 大阪

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