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2007年06月11日

発想を逆転させるのよ!

  少し古い話で恐縮ですが、水尾さんのところで見かけたネタです。

バイアグラでカキ養殖=「名前外せ」と製造元かんかん−豪

 【シドニー9日時事】
 バイアグラ入りのカキはいかが−。オーストラリアのシドニー北部のカキ養殖業者らが性的不能治療薬「バイアグラ」を使ったカキ「バイアグラ・オイスター」をつくり、話題となっている。法律で豪州国内では販売できないが、規制のないアジアなどへの輸出をもくろんでいる。
 地元の民放テレビによると、このカキを考案したのは、マーケティング会社を経営するジョージ・メイさん(59)。昨年末、前立腺がんの手術を受けた後、男性機能不全(ED)の治療でバイアグラを服用していたことからヒントを得て、カキ養殖業者に話を持ち掛けた。
 カキは、海中から収穫後、バイアグラを水に溶かした水槽に入れられる。製法の特許も取得。これまでに約1万個を生産した。
 カキの大きさは通常より大きくなり、バイアグラの「効能」もあるという。既にマカオ、香港、モスクワなどから問い合わせが来ている。
 一方、バイアグラを製造している米医薬大手ファイザーは、目的外の使用にかんかん。名前から「バイアグラ」を外さなければ、法的措置を取ると警告している。

(『時事ドットコム』2007年6月9日)

 私もはじめは「食べ物にバイアグラって…」と抵抗を覚えました。

 しかし、ちょっと待って欲しい(←ここ、朝日新聞口調)。

 確か、牡蠣って亜鉛を豊富に含んだ食品で、昔から精力の付く食べ物として重宝されてきたんですよね。

 ということは…発想が逆だったんです

 つまり、件のオーストラリア人はバイアグラを使って大ぶりの牡蠣を作ったんではなく、精力剤としての牡蠣の効用をパワーアップさせたんです!

 ちなみに、個人的には、オーストラリア大好き雁屋哲先生がこれを『美味しんぼ』で取り上げることを願っていたりします。
 それも、いつもの「心臓に負担のかかるバイアグラをカキに使うなんて…」という栗田君のしたり顔の文句批判ではなく、最近大人しめの海原雄山がこのバイアグラカキを食って無茶苦茶暴れる展開(例えば、すき焼きとしゃぶしゃぶをおごってもらってキレるとか、ドスドスドス「この洗いを作ったヤツは誰だぁ〜っ!」とか、「冷やし中華だとぉ〜っ!?」とか)を…さすがにそれは無理か。

(了)

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2006年07月10日

もうなんかはち切れそうなんでしょうね、多分。

* mixi日記からの転載です。

◎今度は安倍氏の絶賛本=自民・山本参院議員が出版

 自民党森派の山本一太参院議員が14日、9月の総裁選に向け、安倍晋三官房長官を応援する著書「なぜ いま安倍晋三なのか」(リヨン社)を出版する。山本氏が10日、党本部で記者会見して発表した。

  著書の中で山本氏は「小泉純一郎首相と同様、派閥談合システムの外で選ばれ、国民の50%の支持を維持できるというリーダーの条件を満たせるのは安倍氏しか見当たらない」と安倍氏を絶賛。また「『安倍首相』でないと改革にストップがかかり旧態依然とした自民党に戻ってしまう」と訴えている。

(時事通信社 - 07月10日 19:10)

 この前の自作の安部絶賛ソングのことといい、この人、小泉首相や安部官房長官が好きで好きでたまんないんでしょうね。それこそ、安部官房長官でご飯三杯! ってくらい。

  それにしても、自作の歌に絶賛本って…真面目にやってるならセンス無さ過ぎでしょう。山本議員は「ありがた迷惑」とか「見ているこっちが恥ずかしいわい!」(by.『おやつ』のサンタ)という感覚がないんでしょうかね?
 むしろ、そのあんまりな残念ッぷりに安部信者の皮をかぶった反安部派のネガティブキャンペーンなんじゃないかとすら思ってしまいます

《追記》
 山本・安部・絶賛本という見出し中の単語で、真っ先に山本譲司元議員と安部譲二の対談本『塀の中から見た人生』を思い出してしまった私は負け組なんでしょうか…orz

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2005年02月24日

あははははははははははは!

《前書き》
 大学時代の先輩からサイトの立ち上げを仰せつかり、それにかかりっきりだったためこちらの更新が遅れてしまいました。申し訳ありません。
 で、世の中はライブドアvsフジテレビだのといった興味深いネタがいっぱいあるし、色々書きたいのですが、ごめんなさい、ネタに走ります。

* あと、今回はちょっと軽薄というか頭の悪そうな文体で書きました。私の拙い表現力ではこれでしか書けなかったからです。


 いや、なんだかよくわからないんだけど、以下のサイトを見たとき取りあえず爆笑してしまった。

こちら

 いきなり下手なアイコラを眼前に広げるなんて卑怯じゃねえか! 彼は元々ちんちくりんな感じの人だとは思っていたが、何もそれを公式ホームページのトップで、それも上半身だけで余すところ無く表現する必要は無かろう。

 それにしても名前が良いよねぇ、「勝ちクラブ」。

…濃いなぁ
 こういう自己啓発系というか無駄に小宇宙を燃やしてる人ってたまにいるけど、こういう人たちってナルシスティックであまり自分を冷めた目で見ないんだよね。
 でも、こういう人にはそれは必要欠くべからざる能力なんだとも思う。私のような凡人はいろんなことで小宇宙燃やしても、後で冷めたときに自分を冷静にみてへこんじゃうもんなぁ。やっぱ自分が人にどう思われているかって気になるもん。
 その点、ノビーは(敢えて「ノビー」と言います)そういう視点をお母さんのお腹の中に置いてきたとしか思えない。照れや外聞と言ったモノを一切持たない人間ってのは、いわばリミッターが外れた状態だから、何にでも全力投球できちゃうし、躊躇無く振り抜いてしまえる。
 これが強くないわけがない。

 しかし、同時に思うのは、これは一般人にはマネの出来ない境地なのではないのか、ということだ。
 この辺の自己啓発と客観的視点との関係などは、いずれ項を改めて書いてみたい興味深いテーマである。

 それにしても、もう全体に漂う「濃さ」でお腹いっぱいになってしまった。拙い比喩で何とか心境を表現しようと試みれば、焼き肉とビフテキ食った後に「とんこつラーメンでもどう?」って言われたみたい、である。ホームページ見て胸焼けしたのは人生初だ。

 やっぱオイルマンでどかんと成功したビッグなスケールは私には合わないようだ。どちらかと言えば↓のような牧歌的な雰囲気の方が性に合っているのだろう。

■木村一 監督の焼酎をネコババ

 広島・木村一喜捕手(27)が山本監督愛飲の幻の焼酎をネコババしたことが23日、発覚。練習中、背中一面に「森伊蔵を飲んだのは私です」という張り紙を付ける恥ずかしい罰を食らった。
 事件は16日の夜、食堂で山本監督が安仁屋投手コーチと2人で飲んでいたところに、風呂上がりの木村一が遭遇したことから始まる。その時、飲んでいたのが市価で5、6万円はする幻の焼酎「森伊蔵」だった。
 監督からは「少しだったら飲んでいいぞ」という優しい言葉を受けた木村一は、毎晩のように食堂に行っては、チビチビ飲んでいたが無類の酒好きは、それでは満足できない。
 ついに20日、禁断の計画を実行に移してしまった。食堂に誰もいないことを確認して、一升瓶から、携えた500ミリリットルのペットボトルに移し替えたのだ。
 この日の朝、「お前飲みすぎだろ」と山本監督は野村を糾弾。「僕じゃないです」と野村が否定したことで、犯人捜しが始まり、木村一が容疑を認めた。「さすがにばれましたね。でも、1晩で飲んでしまって、もったいない」と悪びれる様子はない木村一。
 昨年2月12日には酒席でのトラブルを起こし、あごを骨折。入院しただけに、今年は「1度も飲みに行っていない」と部屋飲みだけ。反省はしているが、今年こそ酒ではなく本業での話題を期待したいものだが…。
 (デイリースポーツ 2005年2月24日)

nekobaba.jpg←ホントに背中に貼られてやんの!(笑)

(了)

《リンク先》
・落合信彦『勝ち組クラブ
・「木村一 監督の焼酎をネコババ」『デイリースポーツ』(2005年2月24日)

posted by だっしー at 22:44| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ・日記・ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月12日

仏罰必定、高野山の旅

 お世話になった宿坊は非常に風情のある素晴らしいところだった。
 雪はあるにはあったが、たまたま暖かい日だったため、思っていたよりも少なかった。暖かかったのは良かったと言えば良かったのだが、しんしんと降り積もる雪や底冷えするような寒さなども実感したかっただけに、少し残念と言えば残念である。

 宿で荷を置いた後、我々は夕食までの時間を散策に当てた。近くに有名な苅萱堂があるそうなのでまずそこを見に行く。道々、私はゆうすけ氏に中島らもの「空海・ダウザー説」を話していた。
 四国の方では、空海が日照りに苦しむ農民たちのために井戸を掘る話があちこちに伝わっている。中島らもはそれについて、空海は優秀なダウザー(ダウジングをする人)だったのではないか、と考え、「井戸掘り空海」というコントを作った。その内容は、「ああ…おらの田圃も水没してしもうただ」と絶望の表情を浮かべる農民たちを尻目に、「♪あ、そ??れ、井??戸を掘りましょう??♪」と歌いながら軽やかなステップで空海が錫杖を地に突き立てる。そうするとそこからものすごい水柱が上がる、という罰当たりなコントである。

 結局苅萱堂を出た後、奥の院の方まで二時間ほど散歩したのだが、その間ずーっとお互いいろんな話をしていた。ゆうすけ氏は、現在研究している文学の話など、学識に裏打ちされた真面目な話も多かったが、私の方は「早朝バズーカ」がどうしただのといったトリビアにもならない無駄知識ばかりをひけらかしていた。後から思い返すと、己の頭の悪さに愕然としてしまう。
 硬軟織り交ぜたごった煮トークは食事時まで続いた。ゆうすけ氏はきゅうりの漬け物が三切れだったことにこと寄せてこんなことを語り始めた。

 漬け物は二切れで出すもので、一切れ、三切れで出してはあかんねんね。
 それはなんでかというと、江戸時代の仇討ち制度があった頃、仇討ちをする側とされる側は前日の晩同じ宿に泊まったことに由来してるらしいねん。その時に宿は、仇討ちをする側には一切れ、される側には三切れ出したらしいねん。これは一種のげん担ぎで、一切れは「人斬れ」に通じ、三切れは「身切れ」、つまり敵討ちに逢う罪業を思い、身を切る思いでいろ、という意味があるらしいねん。
 (以上大意)

 ゆうすけ氏の学識にケチをつける気は全くないのだが、この話が本当かどうかを私は知らないので一応留保をつけておく。しかし、ゆうすけ氏の話が正しいとすると、我々は誰かに「仇討ち」をされることになる。

「俺たち、仇討ちされるの? でも、一体誰に…」

 ゆうすけ氏は漬け物をぽりぽりとかみ終わると静かに言った。

「そら、御大師様やで多分宿坊の人が食事を運んでくる途中に御大師様がそーっときゅうりの漬け物を一切れ足したんやで

 見事な推理である。奥の院ではいまだ弘法大師が禅行を続けていると言われている。二十万基とも言われる墓だらけの参道の中、「井戸掘り空海」などとはしゃいでいた我々の駄弁を聞きつけ、弘法大師がお気を悪くなさったのかも知れない。

「とすると、明日の朝にはこの部屋は水浸しやな…」

 いつか我々が不幸に見舞われた際には、仏罰が下ったものとお考え頂きたい。
(この項つづく、かも)

《関連記事》
俗事から離れられないのも宿命か…
「バカンス」に質問が殺到
・仏罰必定、高野山の旅

《リンク先》
・「ダウジングの謎
   『超常現象研究最前線

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2005年02月10日

「バカンス」に質問が殺到

 高野山の宿坊へ一泊しに行くことを決めたとき、やたら周りからされた質問が「何しに行くの?」である。
 私としては、二月の雪深い高野山の静かな山中に赴き、都会の喧噪や雑事、そしてネットから離れるのもいいな、とふと思っただけだ。一口に言えば、観光地でなくあまり人のいないところでゆっくりするのが目的だったと言える。だから、「旅行・レジャー=何か積極的なことをしに行く」という固定観念に基づく質問には心底うんざりさせられた。高野山に取り立てた用事などあるわけがない。そもそも、用事がなければ高野山へ行っては行けないのだろうか?

 うちの母などはもう何十回と「宿坊に泊まりに行くだけ」と言っておいたにも関わらず、夕飯が終わった頃に「修行はどう? 瀧は冷たかった?」などとメールを送ってくる始末である。一瞬瀧に打たれて心臓麻痺で死んでやろうかと本気で思った。

 しかし、用事や目的を訊かれたのは私だけではなかった。ゆうすけ氏などは、高野山へ行くと御母堂に告げられた翌日、御母堂から「ほら、ゆうすけ、こっちの伊勢・志摩ツアーやったら美味しい伊勢海老まで食べられて7,800円やで」と言われたそうである。どこの家でも母親という人は元来こういったものなのかも知れない。

 高野山の町並みや宿坊の風情を感じに行く、久々に会う友人と心ゆくまで話をする、宿代が払えるかどうか戦々恐々とする、そんなゆったりした(?)時間を過ごすつもりだったのだが…
(この項つづく)

《関連記事》
俗事から離れられないのも宿命か…
・「バカンス」に質問が殺到
仏罰必定、高野山の旅

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2005年02月09日

俗事から離れられないのも宿命か…

 今回はサッカーW杯最終予選の北朝鮮戦について書くつもりだが、ちょっと「小論」のスタイルに相応しくないので、今回の水曜小論はお休み(ないし特別編と)させて頂く。

 高野山の宿坊に泊まりに行くこと自体は二月の頭に決めていたのだが、北朝鮮戦と重なったのは全くの偶然だった。もし万が一リアルタイムで観ていて負けでもしたらけたっくそ悪いことこの上ないので観ないことに決める。そういう雑事を離れるために高野山へ行くのが目的の一つなのだし。
 もし宿坊にテレビがなかったら結果だけメールで教えてくれ、と友人に頼んだ。

 宿坊の方にはテレビがあったが、リアルタイムの北朝鮮戦は忌避し、『トリビアの泉』を観た。カブトムシの戦いは利害関係もクソもないので純粋に楽しんでみられた。
 夜十時を回った頃、『報道ステーション』をつけてみる。一応結果だけ見ておこうと思ったからだ。すると画面には「日本劇的勝利!」の文字が。ああ、これなら試合のダイジェストを心ゆくまで堪能できる。
 しかし、ダイジェストの端々に北朝鮮への「媚び」が見て取れる。先の友人にメールを送った。

だっしー⇒友人
題名:勝ったみたいやね
本文:すごいわ、北朝鮮に媚びまくる報ステを今観てます。ほんまマジでどこの国の報道?

 友人からもざぶざぶメールが帰ってくる。私信なので引用は避けるが、ネット上で盛んに批判されている「在日ばっかり取り上げて、北朝鮮に媚びるのにも程がある!」というのをこれでもかと送ってくれた。『2ちゃんねる』で予想されていた「日本人と在日が一緒に試合を観ている図」を恥ずかしげもなく流していたこと(それは私も観ていた)や、応援の様子は広島の朝鮮学校だの新大久保や大阪・生野区の焼き肉屋など、全部朝鮮系。時間配分だけで見ても日本人サポーターの取り上げ方なんて本当にもう申し訳程度で、刺身のつま扱いである。十時前に始まった『報ステ』で在日特集が延々二十分から三十分ほど流され続けたのに対し、『2ちゃんねる』では「いつまでやるねん」というレスが百件ほど続けざまについたという話も教えてくれた。

 友人は遂に高野山の宿坊にいる私に電話してきた。あまりにひどすぎるから生まれて初めてテレビ局にクレームの電話をかけたそうだが、二十回ほどかけてもつながらないらしい。ものすごい抗議が行っているのだろうことは想像に難くない。NHKの偏向番組問題などどこ吹く風と朝鮮人びいきを続けていれば当然である。
 友人はしばらく報道の悪口を話して私との電話を終えた後も、ストーカーのようにテレビ朝日に電話を続けたらしい。そして、遂に繋がったとき、友人は「あまりにも偏向しすぎだと思って電話したんですけど、これってどういうつもりで報道してるんですか?」と訊いたところ、以下のように返答されたそうだ。

朝日「今は日本やってるでしょ?公平です」*

 この脳の膿みきった答えには正直どこから突っ込んだらいいのか悩んでしまう。北朝鮮代表の選手(在日)の家族が応援に行く所を十分も特集するなど、さんざん在日の応援の様子を垂れ流しておいて、十時四十分頃からの宮本選手へのインタビューが「日本よりの報道」なのだそうである。これを「公平」と言うのなら、新しい辞書が必要になる。
 とりあえず、テレビ朝日のクレーム電話係はモノの比較の仕方を一から勉強し直して頂きたい。

* そういえば、帰宅後、父にこの話をしたところ、
「何!? 朝日はそんな舐めたこと抜かしとんのか。やっぱりたまに弾丸の一つも打ち込んでやらんとあいつらますます図に乗るな
と言っていた(笑)。
 しかし、弾丸一つで自らの愚かさに気づいてくれるのなら安いもんである。番組の内容や電話対応から考えると、本当に弾丸の一つでも定期的に打ち込んだとしても、テレビ朝日は「何故自分たちがテロにあったか(=自分たちのひどさ)」を理解できるとは到底思えない。そんなことを考えると絶望的な気持ちになってしまう。

 しかし、一方で友人も軽率のそしりは免れない。友人はテレビ朝日に電話した後、
「ひょっとしたら、俺の電話番号がきっちり向こうに控えられていて朝鮮総連に流されるんとちゃうか?」
と、子犬のように怯えたメールが来たからだ。就職して日本海の近くに住んでいるというのに…あまりにも軽率としか言いようがない。
 かつてTBSがオウム真理教に事前に取材テープを見せて坂本弁護士一家が殺されるという前例もある。今はただ、ある日友人のケータイに、

「おい、ニダだよ、ニダ!」

という怪電話がかかってこないことを祈るのみである。
(了)

《関連記事》
・俗事から離れられないのも宿命か…
「バカンス」に質問が殺到
・ 仏罰必定、高野山の旅

《トラックバック送信先》
・misaki「電突隊ウオッチvol,005(^^)v・・テレビ朝日に電突!
   『娘通信♪
・使用上の注意「テレビチョーニチ(朝日)、斯く戦かえり
 〃「テレビチョーニチ(朝日)、斯く戦えり まとめ
   『使用上の戯言・本店

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2004年12月24日

クリスマスは「ラピュタ」観てました

 2004年12月24日の夜は、金曜ロードショー「天空の城ラピュタ」(日テレ)を観ていた。夏場は巨人戦を流し、金曜ロードショーではすり減るくらいまで宮崎アニメを流し続ける日テレを観ていると、強力なソフトは、ときにテレビ局にとって麻薬のような存在になるのだな、と思わなくもない。

 日テレがやたら放送してくれるため「またか」と思ってしまうが、やはり久々の「ラピュタ」である。ついつい観てしまう。以下は簡単に感想を。

 まず、改めて思ったのが「音楽が良い」ということだ。普段は何気なしに聞き流してしまいがちだが、やはりBGMのクオリティが高い。個人的には「ラピュタ」から「となりのトトロ」辺りが、久石譲の一番脂の乗った頃だったのではないかと思う。

 それにしても、あの海賊の婆さんの飛行船やラピュタを見るにつけ思うことがある。

「こいつら、飛行船にしろ天空の城にしろ、設計するときに足滑らせて落ちるということを考えなかったのか?」

 実際、同作中では、パズーやシータが何度も落ちそうになっている。飛行船のときは部屋の外の手すりは隙間だらけだし、飛行船の一番上についている見張り台に至っては、飛行船の外壁に取っ手のようなものが並んでついているだけである。危なすぎやしないだろうか?(現にシータは飛ばされかけている) ラピュタについたときにもパズーとシータは抱き合いながらはしゃいでいて危うく命を落としかけている。下の方の通路もほとんど手すりらしいものがない。ラピュタに住んでいた民族が滅びた一番の原因は落下に対する安全対策が全くなされていないことが原因だったんじゃないかとさえ思えてくる。
 こういうことを言うと「うがった見方しすぎ」「感情移入して見てたらそんなこと考えない」「だっしーは性格が歪んでる」「死んだ方が良い」などと批判の十字砲火を浴びる。後二者は措くとしても、私はラピュタをうがった視点で見てもいないし、むしろ感情移入して観ていた方だ。登場人物に感情移入して作品に入り込むからこそ、高所恐怖症の私は心底あの高さに恐怖を感じて「手すりをつけとかんかい!」と思うのである。高い所のシーンを見て「うわー怖い」としか感じないのは、所詮はアニメとどこかで割り切って見ているか、単に思考が浅い所で止まっているかのどちらかだろう。どちらにしろいい年こいてラピュタを観ている(しかも感情移入までして)大人に対する批判としては失当である。
 したがって、上記の批判・罵倒をした人は腹を切って死ぬべきである。

 更に言うなら、観終わった後に、
「滅びの呪文はあんな簡単な文言で良いのだろうか? うっかり口に出して発動しちゃったらどうするの? 舌噛むくらい難しくしとかんといかんやろう」
だとか、
「最後、上空でハングライダーみたいなのに乗って海賊たちと別れたパズーとシータは無事に帰れたんやろうか? 十中八九海の藻屑と消えてそう」
だとかが気になるかどうかは性格の問題である。映画の細かい矛盾や粗を重箱の隅をつつくように指摘する、と言えば聞こえは悪いが、細かい点にまで論理的整合性をつけ緻密にモノを理解する、と言えばかなり頭が良さそうに聞こえるでしょ?(笑)
 逆に、細かい所にツッコミを入れないことも、全体の雰囲気に流されてるだけ、と言えばいかにもモノを論理的に考えられないアホのように聞こえる。実際、こういうツッコミを拒絶する人の中には「細かい矛盾点がある」ことと「そういう細かい矛盾を補ってあまりある素晴らしい出来だった」ことが両立するが、こんな単純なことが理解できていない人が結構いるのも確かである。良いものは100%良いと決めてかかる発想は、あまりに杜撰な(まるで朝日新聞のような)二元論と言わざるを得ない。
 したがって、映画につっこむことを頭ごなしに否定する「感動」の信者さんは地獄の火の中に投げ込まれるものである。

* そういえば、大学の頃、汚い字で書かれた先輩のクラブ日誌に飛行石をかざして、
「読める…読めるぞ!」
とムスカのマネをした
ことを思い出した。
 ちなみに、今でも高い所に登るたびに、
「ハハ! 人がまるでゴミのようだ!」
と必ず言っている。

(了)

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2004年12月18日

ダメなもの「流行目」

 2004年12月の17日分(前回分)と18日分(今回分)の更新が大幅に遅れ申し訳ありません。理由は「多忙」です。ごめんなさい。
 で、19日の12時にこれを書いているわけですが、今現在、私は右目がほとんど見えません。真っ白に濁ってしまっています。
 春先にも同じような症状にかかったのですが、そのときは「流行性結膜炎」いわゆる「流行目」(はやりめ)でした。多分それだと思うのですが、ここまでひどくはありませんでした。明日まで改善が見られないようなら朝一で目医者に行くことにします。
(ちなみに、春先に流行目にかかったときは長くかかりました。目薬を差していてもなかなか改善されず、結局点滴まで打たれてしまいました)

 ということで、今回分の更新はお休みさせて頂きます。前回分の記事を書いているときから大変でしたが、さすがにもう右目が限界です。
 月曜日にはちょっと固いネタを書くつもりですので、期待せずお待ち頂ければ幸いです。それでは。
(了)

《追記》
 この後、眼科に行ったら流行目などではなかったことが判明した。
 眼圧を測ると、21以上で高いと言われるところ51もあったのだ。眼科の先生も「すぐに点滴を打って眼圧を下げなければヤバい数字だ」と仰っていた。
 病名はポスナー・シュロスマン症候群。目の中に原因不明の炎症が発生し(どうやら免疫機能が関係しているらしい)、炎症に伴う雑菌の繁殖を防ぐための白血球が眼球の水分を排出するところを詰まらせてしまい、結果眼圧が上がるという病気らしい(眼圧が上がるという意味では緑内障の一種なのかな?)。

 結局この日、コンタクトレンズ屋さんの診察オンリーの眼科から休日診療所に行き、350mlはあろうかという点滴を一気に打たれた。眼圧を下げるための点滴は一気に打ち切ってしまわないと意味がないとあとで聞かされたが、1秒に2回くらいの今まで見たことのないスピードで点滴がぽたぽた落ちてるのを見たとき「ヲイ、大丈夫かよ」と本気で心配した(先に説明しといてよ、看護師さん)。
 で、急な点滴はめまいがするとか色々言われているが(点滴後にトイレに立った際、きっちりめまいはしました)、一番キツかったのは腕全体が痛くなることである。冷たい液体を体に一気に注入することで冷やされた神経が痛みを感じるそうである。痛みを感じるかどうかは個人差があるそうだが、私はきっちり感じる方だった。

 点滴が痛かった話を母にしたところ、祖父が亡くなる前に入院していた頃、祖母が「こんな冷たい液体を体に入れられておじいちゃんが痛かろう、かわいそう」と点滴に懐炉をあててタオルで巻き、点滴の液を温めていた、という話をしてくれた。
 取りあえず爆笑してしまったが、あの痛みがずっと続くことを考えると祖母の行為は決して一笑に付されるべきものでもないな、と思い直した(でも、温めてはいけないタイプのものだったら駄目だと思うが…)。
 (2005.11.11)

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2004年12月17日

ダメなもの「清水寺の表参道」

 坂上田村麻呂が建立した清水寺からして資本主義の毒にどっぷりつかっているのだから、その表参道の土産物屋の頽廃ぶりは著しい。

「話のネタに新撰組の羽織でも買っていこうか」と父が言ったので、清水寺を出た後あちこちの土産物屋を覗いてみた。すると、大人物の羽織は4200円もするのである。明らかに粗末な布に印刷しただけの安物がなんで4200円もするのだ、冗談じゃない。

 ところで、なぜ土産物屋には木刀が置いてあるのだろう。「合格」だの「特攻」だのと書いてある日の丸鉢巻きなんかも売っているが、あれのどこが「京都土産」なのだろうか(というか、全国どこの観光地の土産物屋にでも「木刀」は置いてある)。どういう層が何のために買って帰るのか、ご存じの方がいらっしゃったら是非教えて頂きたい。

 更にふざけていると思ったのは、表参道を下るにつれて全く同じ物の値段がどんどん下がるのである。羽織は3000円台に、鉢巻きは300円から260円にまで下がった。上の方で土産を買った私などは「ふざけやがって」と感情的になったが、なぜこのようになっているのか。つらつら考えるに、恐らく客には清水寺を出るとすぐに買ってしまう人と、手荷物が増えるのを嫌がり、駐車場の近くでまとめて買う人の2パターンがある。この両者が均衡しているのなら棲み分けが出来ているので問題はない。ただ、やはり前者の方が多いのだろう。下の方の店になればなるほど安くしなければならないのかもしれない。
 にしても、である。結局、駐車場の前の「小林商店」という土産物屋では同じ羽織が2000円で(しかも鉢巻きと「お金がカエル」というカエルの小さな人形までオマケしてくれた)売られていることを考えれば、これは下の店が過当競争を強いられているのではなく、単に上の店がボッタクっているだけとしか考えられない(そういえば、鉢巻きも一本250円で売られていたし、上の店で買った茶碗が少し下った店の店先で200円安く売られていたりもした)。
 そうでなくても、京都というところは、湯葉だの湯豆腐だのにバカ高い値段をつけてふっかけてくる土地柄である。私は声を大にして言いたい。

 皆さん、キャラクターもののおみやげは上の店では買わないようにしましょう。新撰組の羽織は駐車場前の「小林商店」さんで買いましょう!

オマケ

 せっかく羽織を買ってきたので、合気道で使っていた胴着と袴、そして他のところで買った土産の脇差し(模擬刀)を持ち出してコスプレをしてみた。生来の「嬉しがり」の血が騒いできたようだ。

* 以前はここにそのときのコスプレ写真を添付していましたが、各方面から罵声と嘲笑を頂戴したので削除しました。
 (2005.11.11)

 これで私も、コミケでコスプレしている連中を笑えなくなってしまった。が…ま、いっか。
 こうしてみると、小学校の頃、聖闘士星矢にハマり、学童保育のお兄ちゃんに作ってもらった段ボールのクロスを嬉々として着ていたときから全く変わっていないことを改めて思い知った(三つ子の魂百まで、という奴だろうか)。これも生まれもった「気質」として改善は諦めることにする。
(了)

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2004年12月16日

ダメなもの「清水寺」 

 両親と滋賀の方に行く機会があったので、ついでに京都観光をしてきた。昔行った清水寺にもう一度行ってみたいという意見が容れられ、清水寺に立ち寄ることとなった。

 清水寺に来てまず驚いたのは修学旅行生の多さである。タクシーの運転手に先導された五人くらいの女子高生のグループがやたら目立った。母曰く、「京都の修学旅行だけは班毎にタクシー分乗で自由行動させるから、学校の先生は楽で良いんやって」みたいなことを言っていた。母の言うことがどこまで本当かどうかは知らないが、確かに楽と言えば楽なのかも知れない(詳しい方、教えて下さい)。
 それにしても、この時期に修学旅行って…うちの高校みたく二年の内に修学旅行をやっておくのだろうか?(ちなみに、私の母校の修学旅行は長野県でスキーだった)

 清水の舞台の上からの眺望は素晴らしかったが、一つだけ難点がある。それは清水寺の外観を楽しめない、ということである。
 で、下が清水寺の外観である。

kiyomizudera-gaikan.JPG

 前に来たときには覚えていなかったのだが、清水寺の裏には「地主神社」という縁結びの神社があった。下はその入り口(左の建物が清水寺)。

jishujinja-gaikan.JPG

 これも神仏習合の一つなのかは知らないが、寺の裏に神社を建ててしまう日本人の宗教感覚の何某かは表れていると思う。
 それにしても、鳥居の向こうの「縁」って大きな赤丸は何だ。「縁結びの神」だとか鳥居の足にまで看板を立てている様は商魂たくましいの一言に尽きる。

必死だな、ヲイ

 鳥居をくぐってみて更に驚いた。

jishujinja-kigan.JPG

 右側にある光看板がすさまじいからだ。

「良縁達成祈願」
「子授り安産祈願」
「家内安全祈願」
「開運厄除祈願」
「商売繁盛祈願」
「病気回復祈願」
「受験合格祈願」

 ここまで商魂たくましいと下品である。神は我々の願いを片っ端から叶えるための便利屋では断じてない。

 写真の向かい側の社の中には、厄除けを依頼した企業(要はスポンサー?)の名前がずらりと並んでいたが、最上段に「英国BBC」なる文字があったのには呆れてしまった。ってか、厄除けの効果は遠く英国まで及ぶのだろうか? ってか、そもそも外人に「厄」なんてものがあるのか?

 御守りもふざけていた。はじめ「勝守」という御守りに目がとまった。下がそれである。

jishujinja-katsumamori.JPG

「勝」という字の下に「VICTORY」という刺繍が施されている。ヲイヲイ、ありがたみもクソもねえじゃねえか。こんなのネタ以外で買うバカいるのか? と笑っていたが、ふざけているのはこればかりではない。

jishujinja-seizamamori.JPG

 黄道十二星座って、ギリシャで生まれたんじゃなかったっけ? 何でも貪欲に取り入れればいいってもんじゃないだろう。神道と占星術の関係を説明してくれ。
 一番ひどいと思ったのがこれである。

jishujinja-cupidmamori.JPG

「キューピッド」に「LOVE」ときましたか。もうなんかアホかと、バカかと。神仏習合もここまで節操がないとある種の爽快感すら感じてしまう。靖國だ国家神道だとごちゃごちゃ言う前に、ここまで資本主義に毒されてしまった地主神社の神々をお救いするのが先だと思う。

女子高生も必死!

 こんな商魂と俗物根性丸出しの「神社」に本気でお参りする気になる奴がいるのかと思っていたが、修学旅行生たちは必死である。しめ縄をはった石が二つあり、目をつぶって片方をさわり、目をつぶったまま歩いていってもう一方の石にさわれると縁結びがどうたらとタクシーの運ちゃんに説明されると、もうワーキャー騒ぎながら「スイカ割り」を始めた。周りで先導してあげる友達も必死だ。

「右! 右! あー行き過ぎ! もうちょい左!」
「すいません、ユッコ通してあげて下さい!」

 私がどかされた場所を、ユッコちゃんはヘレンケラーのように手を前に出してたどたどしく歩いてゆく。どうせなら「ウォーター、ウォーター」くらい言ってみろ、ってなもんである。
 スタート地点の方の石のところでは、別の班が来ていた。運ちゃんが同じことを説明すると、
「やってみる?」
「うーん、どうしよう。四組の奴らに邪魔されるかもしれん
と言っていた。彼女らの間ではどういう抗争があるのだろうか、そちらの方に興味がわいてしまった。

 さすがにアホらしくなって神社を出ようとしたとき、別の班が「恋みくじ」を引いていた。なにげなく横を通ったとき、その子たちの声が聞こえてきた。

「あたし凶やー」
「あたし、小吉」
「あたしは吉やで」

 もう見事なまでに悲惨な結果だったので思わず振り向いてみた。なるほど、恋愛運が悪そうな器量である。神様も見るべき所ははきっちり見ていらっしゃるようである。

 神社もその参拝客も必死だというお話でした。
(了)

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2004年12月15日

ダメなもの「眼鏡選び」

 ブログを書き始めてから視力が落ちてきた気がする。
 バイクに乗っていても遠くが見えづらかったり(特に道案内の看板など)するので、この際、新しい眼鏡を買うことにした。

 で、近所の眼鏡屋に眼鏡を買いに行った。視力自体はそれほど落ちていないそうだが、やはり運転時には遠くの方まで見えた方が良いし、今持っている眼鏡はほぼ全て金縁(一つは銀縁)なので、度を上げた眼鏡を買うことにした。
 個人的にはセルフレームの眼鏡を買いたかったのだが、何かもう一つピンと来るものがない。

 で、色々悩んだ挙げ句、これにした。

g_front.jpg

 レンズの周りはセルフレームでツルの部分が金属というのがちょっと変わってた(裏を返せば、オールセルフレームだとどこにでもそれなりのものがあると言える)のと、オールセルフレームだとどうしてもかけたときにはっきりしすぎるような気がしたからだ。とはいえ、オールセルフレームのものもいずれ買うつもりではあるが。
 が、下をご覧いただくとわかるように、どうもツルの部分やツルとセルフレームの接合部などが弱々しい。

g_side.jpg

 しかも、聞けばこれはフランス製のもので、日本のものに比べて金属が固いため金属疲労を起こしやすく、折れただの曲がっただのが少なからずあるようなのである(もっとも、丁寧に扱えばそうそう壊れるものでもないとは言っていたが)。
 また、店員さんは「これは、いわば『外車』のようなもので、ご購入される際にはその辺をご理解頂いた上でお買いあげ下さい」とも言っていた。
 どうも言外に「やめといた方がいいですよ」というそこはかとないニュアンスが込められていたように感じもしたが、レアものに弱い私としては、気に入ったこのデザインも捨てがたい。さんざん逡巡した挙げ句、私は炎尾燃になって押し切った。

敢えて…買う!!

 まるで旧日本軍のように耐久性を軽視した選択に踏み切ったが、店員さんにメガネについて色々お話を伺っていて改めて思ったのは、日本の技術の高さである。細かい作業に向いているという日本人の特性もさることながら、いかに軽く、しかも耐久性を持たせた素材を作るかを追求してきた日本のメガネ技術とその品質の高さを改めて思い知った。ちなみに、 耐久性を維持した軽量化は、ついに軽すぎてふわふわしてしまうまでのものを生み出すに至っている
 と同時に、その世界最高峰のメガネを差し置いて「外車」に走ってしまった己の天の邪鬼さも改めて痛感した。
(了)

《参考文献》
・島本和彦『燃えよペン』(小学館)

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2004年12月06日

ダメなもの「誕生日が同じ人」

《お詫びとお知らせ》
 更新が遅れて申し訳ありません。昨日は私の誕生日でして、お祝いして頂いておりました。帰宅してから記事をアップしようと思っておりましたが、そのまま寝てしまいました。ごめんなさい。
 と、もう一つ。すでにお気づきのように、私の歳が変わったのをきっかけに(?)ブログをまた少しいじってみました。「なるべくシンプルに」と「文字を大きく読みやすく」を実現してみたつもりですが、いかがでしょう。前の三分割の方が良かった、こうさぎを隠すな、一行の幅を狭めた方が読みやすい(これは私も悩んでいるところです)などご意見がございましたら是非お寄せ下さい。

 以下は本文。


 二十何回目の誕生日を迎えた朝、テレビの某番組で「今日は何の日?」というコーナーを偶然見た。普段なら気にもとめないが、今日だけは別である。私と同じ誕生日の人ってどういう人がいるのだろうかと興味津々でテレビを見た。

…へこんだ。ろくな奴がいないからである。

 市川海老蔵が27歳だそうである。海老蔵と言えば、昨年のNHK大河ドラマ「武蔵」で井上雄彦が「バガボンド」で築き上げた武蔵・武士道ブームを完全に鎮火したことが印象的である。ここぞという時の決めゼリフで「俺は…つおい!」などと、×××××のようなろれつが回っていない台詞回しを一年間にわたって続けていたが、その意図は未だに理解できない。
 一番ひどかったのが吉岡一門との「一乗寺下り松の決闘」である。武蔵中盤における一番の見せ所をわずか7分で終わらせ、その後どうでも良いシーンに40分弱を割くのである(その40分の中で一番印象に残っているのは、滝壺でお通(米倉涼子)と会ったとき、お通にいきなり襲いかかり、弟子の城太郎少年に「師匠、やめろよ!」と棒きれで背中を打たれるシーンである。何であんなシーンを入れたのか未だに意味不明である)。

「浪速のモーツァルト」」ことキダ・タローも12月6日生まれだそうである。どういう人かについては、毎日額の生え際が変わる作曲家とだけコメントしておく。

 とはいえ、12月6日生まれの中には車田正美もいる。小学校一年の時に初めて買った漫画本が『聖闘士星矢』で、それ以降聖闘士星矢にハマりまくった私としては光栄である。
 車田は先頃『車田正美 人生を語らず』という人生相談本も出版されているが、そこでも作品同様に小宇宙(コスモ)を爆発させる車田節は健在である。特に、「糟糠の彼女」を捨てるいけ好かない相談者に対して、「 テメェ、うちまで来い! 木刀で九分殺しにしてやる!!」と本気でお怒りになっている箇所は最高だった。本書は恐らくここ十年で出版された本の中でも五本の指に入る「痛快な本」であろう。下手な自己啓発本よりもよっぽど元気になれること請け合いである。

 と、かなり話がそれてしまった。車田先生と誕生日が同じだということでちょっとばかし前二者でのへこみを解消できたが、ココを見てまたへこんでしまった。なんばパークスのうどん屋の方は撤退したようだが、この人もついでに撤退しないのだろうか、などと考えてしまった。
(了)

《追記》
今日は何の日」というサイトを覗いてみたら、色々書いてあった。明治以前の日本の出来事はちょっと信じられない(まさか旧暦で数えなおしているとも思えないから)が、車だん吉とも誕生日が同じだったことを知ることが出来たのは有意義であった。「お笑いマンガ道場」ファンであり、かつアンチ川島なお美な私としては光栄の限りである。

《参考文献》
・車田正美『聖闘士星矢』(集英社文庫)
 〃『車田正美 人生を語らず

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2004年12月04日

ダメなもの「ベビーカステラ屋の思い出」

 今週の記事はそのほとんどがネタ化してしまった。これは現実生活が忙しくて腰を据えて記事を書く時間がとれなかったせいである。ちなみに、他の理由としては、??誕生日が近づいてきたので年甲斐もなく浮き足立っている、??バイオリズムが「ネタ周期」に入っている、??単なるネタ切れ、などが考えられる。
 真面目な記事を期待されていらっしゃる方々には大変申し訳ないが、来週当たりには真面目なものを書くつもりですので、期待せずにお待ち頂きたい。

 今回は使用上の注意君のブログを読んで思い出した話を少し。

 あれはもう十年も前のことになると思う。当時中学生くらいだった私は、母親と母方の親戚と一緒に京都の八坂神社に行った。梅か桜かがきれいに咲いていた記憶があるから恐らく春のことだったはずだ。八坂神社の中には色々出店が出ており、私はいとこの姉ちゃんと一緒にそれを見て回った。
 いろんな出店が出ていた。奥の方には見せ物小屋まであったくらいだ。客引きが小人がどうこうだとか蛇を食う女がどうこうだとか必死に呼び込みをかけている。今の私なら、特に前者などはもう見ようと思っても見られないことを知っているので絶対に入っていただろうが、当時の私は引いてしまった。今からは想像も出来ないほど純真な少年だったからだろう。当時の私よりも純真ないとこの姉ちゃんなどは、露骨に「気持ち悪い、早くいこう」と私の袖を引いていた。確かに小屋の外側も緑と黒を基調としたおどろおどろしい絵がこれでもかと書き殴ってあったから無理もないだろう。

 見せ物小屋から足早に、それこそ逃げるように去った我々は、このまま戻るのもなんなので別の出店を色々見て回っていた。そのとき、いとこがベビーカステラ屋の前で足を止めた。向こうにはうちの母と一緒に別のいとことその子供が待っていた。彼女らにベビーカステラを買っていくつもりなのだろう。
 と、何気なくそのベビーカステラ屋を見て私は目がとまった。ベビーカステラを焼く兄ちゃんはどっからどう見てもヤンキー上がりにしか見えなかったのだが、何かおかしいのだ。
なんだろう、この胸の奥でざわつく違和感は…
 まるで金田一少年のように兄ちゃんを観察した。店の兄ちゃんはそんな私の視線に気づかず、ベビーカステラを袋に詰めようとしている。
 違和感の正体はすぐにわかった。

「あっ! この兄ちゃん、眉毛をマジックで書いとる!!」

 店の兄ちゃんの目の上には、いかにも太マジックで引きましたとばかりに黒々とした線が太々と引いてあった。昔ビートたけしが「オレたちひょうきん族」でやっていた「タケちゃんマン」あるいは「鬼瓦権三」というキャラの眉そっくりなのだ。恐らく親方に「おい、眉毛を描いとけ!  ヤンキーと思われるぞ!」とか何とか注意されたのだろう。たとえ眉をうまく描けたとしてもヤンキーと思われる自体に何ら変わりはないと思うのだが…
 そんな強面の兄ちゃんが、よりにもよってヘッタクソな「タケちゃんマン」眉毛を描いてベビーカステラを一生懸命焼いているのである。笑うなと言う方が無理である。ギャグでやっているとしか思えない。
 が、私は耐えた。この喧嘩っ早そうな兄ちゃんを不用意に怒らせて前歯を折られたくなかったからだ。増してこの身をベビーカステラにされるのはもっとごめんである。

 さらに信じられなかったのはいとこの姉ちゃんである。マジックでヘッタクソな眉毛を描いたヤンキーの目を見てベビーカステラを受け取っておきながら、全然気がつかなかったというのである。私が眉毛の話をすると、

ウソっ!? もういっぺん引き返して見に行こう!!

などと言い出した。いとこまでベビーカステラにするわけにはいかないので、今度は私がいとこの袖を引いて足早にその場を去った。

…と、ここまで他愛ない昔話を書いてきたが、今痛感しているのは、せっかくだからベビーカステラネタで「使用上の戯言」と相互の活性化を試みたが、どうやら共倒れに終わりかねない、という激しい後悔の念である。
 使用上の注意君へ。今度はもっとまともなネタで私の琴線を刺激して頂きたい
(了)

《トラックバック送信先》
・使用上の注意「ベビーカステラ?
   『使用上の戯言・本店

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2004年12月03日

ダメなもの「ケツを割る」

 下品なタイトルで申し訳ありません。
 実生活上の多忙を理由に、今回の更新はお休みさせて頂きます。読者の皆様にお詫び申し上げます。

 さすがにこれだけではちょっとアレなので少しだけ雑談を。
 この間、友達から電話があり、「いつもブログ読んでるで」と言ってもらって嬉しいやら恥ずかしいやらでした(ちなみに、その比率は「嬉しいが3割に恥ずかしいが7割」といったところです)。
 ただ、その友達曰く、一番面白かったのは「マンガの話」だそうなのです。正直ちょっと驚きました。自分ではマンガの話は「ゴー宣」以外はほとんど真っ正面から取り上げているつもりがなかったからです。
 意図したところと違う、というのは検索エンジンで来て下さる方々の検索ワードを見てもそうです。ちなみに、一位から十位はこうなってます。

1.ダメなものはダメ 2.9%80
2.落合福嗣 2.3%63
3.天皇 1.1%32
4.エッチな漫画 0.8%24
5.地震 0.8%23
6.灼熱の釘 0.8%22
7.本宮ひろ志 0.7%21
8.江川達也 0.7%21
9.米長 0.7%21
10.批判 0.7%20

 ヒット数の母数自体が少ないことは措くとしましても、気合いを入れて書いた新潟の地震の話の話よりも、軽い気持ちで書いた「落合福嗣」や「エッチな漫画」の方がアクセスが多いわけです。正直苦笑せざるを得ません。

* といっても、自分の意図したところと全く別の所に反応されることが嫌なわけでは決してありません(むしろ、それも面白かったりします)し、どういった形であれ読者の皆様に読んで頂けるだけでこちらとしてはありがたいことだと思っております

(了)

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2004年12月02日

ダメなもの「床屋の有線放送」

 今日の夕方、近所の床屋に散髪に行った。

 散髪屋に入ると、奥の席に通常よりも大きな人が座っていた。よく見ると、母親が子供を抱いていた。三歳児くらいだっただろうか。わざわざ母親が抱いてやってまで散髪屋に連れてくるのに驚いた(私はその頃、親に頭を刈られていたはず)。
 が、様子がどうもおかしい。よく見ると、子供の頭にはビニールがかぶせられている。そう、女性が風呂で髪が濡れないようにかぶるアレである。どうやら子供の髪の毛を染めていたようだった。
 ちょうどその子の席が死角になる席に着いたのだが、隣が妙に物々しい。何やら椅子にビニールなどを色々掛けたり敷いているのだ。私の散髪が始まると隣の席の「装備」の意味がわかった。そこで洗髪料を流し出したのだ。散髪屋が頭を洗う様子を隣で立って見ていた母親は「あら??○○ちゃん、きれいに染まったね??」などと言っていた。
 アホの子に育つよう、今から「英才教育」を施こしているこの親の負の努力を目の当たりにし、うんざりさせられた。「子供はお前のおもちゃやないねん」という台詞がのどまで出かかった。

 閑話休題。

 散髪が終わり、口元に蒸しタオルがかけられる。ヒゲが柔らかくなるまでの間、先に額やまぶたを剃ってくれた。と、そのとき、店内に聞き覚えのある明るい曲が流れ始めた。

 それは、「マツケンサンバ?K」であった。一気に昨夜の記憶が頭を駆けめぐった。

 思わず少しにやにやしてしまったが、幸い顔は蒸しタオルで覆われている。まだ気づかれていない。
 が、歌が始まるとさすがにごまかせなくなってきた。

叩けボンゴぉ 響けサンバぁ♪

という出だしはまだ我慢できたが、

あついかぜにぃっ♪

のところで限界がきた。音を外すのと妙なオネエ口調を足した上、よせばいいのに二で割ったようなひどい歌声を聞いてしまったとき、思わず笑ってしまった。眉の間をあたってもらっていたが、眉の間ももちろん動いた。危うく「マツケンサンバ??」のせいで 天下御免の向こう傷を負うところであった。

 顔を当たってくれていたのは女性の店員だったが、顔に落ち着きのない私を気味悪がったのか、剃りが茶髪の兄ちゃんに変更になってしまった。いや、だからあんたが悪いんじゃないんだってば。私は口に蒸しタオルを置かれたまま必死に「いや、その歌がね…」と弁解した。なんで松平健のせいで俺までこんな恥ずかしい目に遭わなきゃいかんのだ。

 すると、女性店員は一瞬何かに気づいたような表情を浮かべ、向こうへ去っていった。音楽を止めにいってくれたのか、やっと私の「我慢」をわかってくれたのか。

…一瞬でもそんなことを考えた私がバカだった。のど元や首筋を当たっている間もずーっと店内には、

オレぇ オレぇ
 (ジャカジャカジャン!)
 マ・ツ・ケ・ン・サンバぁ

と松平健の下手な歌が流れ続けていた。当然、私の頭の中では、昨晩日本の有名ミュージシャンたちの前に晒し者にされながらヤケになって(でもその割に目に悲しみをたたえていた)松平健がずーっと ジタジタしているわけである。ここの散髪屋はよほど首噴水を見たかったらしい。

 剃りが終わると再び女性店員が戻ってきた。シャンプーが終わり、髪を乾かしながらその女性店員が言った何気ない一言に、私は本気で耳を疑った。その女性店員は死の恐怖と必死に戦い続けてきた私に、こともあろうにこう言ってのけたのである(しかも半笑いで)。

「お客さん、マツケンサンバお気に入りですか?」

…へ?

姉ちゃん、大阪湾に浮かぶんと沈むんと、どっちがええ?(怒)
(了)

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2004年11月25日

ダメなもの「昼夜逆転」

 これを執筆しているのは2004年11月26日の朝7時過ぎである。昨晩は完徹してしまった。

 このところどうも生活のリズムが乱れている。簡単に言えば、朝方に寝て昼前に起きるという生活をしていた。塾講師をする上では生徒が学校から帰ってくる夕方から夜に起きていれば良いからと思っているうちに、昼間働いている母と顔を合わせない日まで出てきてしまった。
 さすがにこれはまずいと、数日前から就寝時間を早めてみた。が、一向に眠れない。目が冴えて仕方がないから枕元でマンガなどを読んでいた。結果、ここ数日で『ドーラク弁護士』『カバチタレ』『ナニワ金融道』を立て続けに読破してしまった。雀がチュンチュン鳴くのを聞いては後悔する日々であった。
 これではいかんと思い、枕元で読む本を中村雄二郎『術語集』に替えてみた。活字なら眠くなるだろうと思ったからだ。
 しかし、これも読み出すと結構面白かったりする。大学受験の時にかいつまんで読んだ以来だったが、今読み直してみるとあの頃よりも理解できる項目が多くなっていることに気づいた。かつてはよくわからなかったところもすらすら読めてしまったりするから、結局朝まで読んでしまった。
 今考えると、どうせなら法律書を読めば良かったと後悔している。「術語集」よりも確実に眠くなっただろうし、読み切ったら読み切ったで試験の役に立つだろうから。

 しかし、このままじゃいつまでたっても朝型に戻せない。ここ数日でわかったことは寝ることで朝型に戻すことはどうやら不可能であるということである。
 だから昨晩は徹夜してみた。押してダメなら引いてみろである。一晩中勉強していたが全然眠くならなかった。この調子で今日の晩まで起きていたらおそらくぐっすり眠れることだろう。

…と、ここまで書いてきてなんだか眠くなってきた。今日一日の間、日が落ちるまで起きていられるだろうか。今から不安になってきた…
(了)

《参考文献》
・鈴木あつむ『ドーラク弁護士』(講談社)
・田島隆・東風孝広『カバチタレ』(講談社)
・青木雄二『ナニワ金融道』(講談社漫画文庫)
・中村雄二郎『術語集』(岩波新書)

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2004年11月11日

ダメなもの「街で見かけた怪人達」

 今回は怪人シリーズ第二弾である。

怪人No.03 ロケット乳

 近鉄阿部野橋駅の向かいにHOOPというファッションビル(ググったらそう書いていたのでそのままそう書いておく。ちょっとダサい説明のような気もするが、私のセンスではないのであしからず)の一階に、Starbucks Coffeeが入っている。

 そのスタバに、常連の怪人がいる。
 その人は、ノッポさんがかぶっていた形のチューリップハットをかぶっており、髪はソバージュで肩につかないくらいの長さで、細い黒縁の眼鏡をかけている。夏はぴちぴちのTシャツで、冬はダウンの上着を着ていたように記憶している。下はジーンズを履いていたと思う。昔、夏にミニスカからすらりとした足をのばしていたような記憶もあるが、定かではない。恐らく、脳が精神衛生を保つために記憶を抹消したのだろう。服装について 季節を通して共通しているのは、いずれの服装でも目を射抜くような原色しか着ないということである。水色のぴちぴちTシャツや真っ黄色のダウンのベストって、どこに売っているのだろう。
 そして、その服装よりもびっくりするのはその胸である。ウソみたいにぽこんと飛び出した二つのふくらみは、西武の松坂大輔を籠絡した(失礼!)日テレの女子アナ・柴田倫世を遙かに凌駕する勢いで、到底ホンモノとは思えない。
 そんな格好をしたその人の顔は、クラスに一人はいそうな「ドッヂボールのうまい男子」そのものなのである。もう何度も顔を合わせている(というか何度も遭遇してしまった)ので、ほぼ男性だと確信している。これを怪人と言わずして何と言おう。

 この人に関しては私よりも私の連れの方ががあるらしく、それこそもう二桁回数になろうというくらい遭遇しているそうである。その連れは、いつか例のごとく遭遇してしまった上に不幸にも目が合ってしまったとき、明らかに向こうも自分のこと知ってそうな雰囲気を出していた、と私に窮状を訴えてきたこともあった。残念ながら方違神社を紹介するくらいしか力にはなれそうにない。
 この間、その連れとスタバに行ったとき、緑のジャージを着た知り合いのよしさんがお連れの方といらっしゃった。と、その隣に件の怪人がいた。
 怪人はちょうど席を立つところらしく、我々が入ってきたと同時に立ち上がった。隣を見ると、連れは固まっていた。どうやら本当にがあるらしい。
 余裕のあるような書き方かもしれないが、私も久々に見る怪人だったのでちょっと不意をつかれて動揺してしまい、よしさんへの挨拶が上の空になってしまったことを告白しておく。
 席について何とか落ち着きを取り戻した我々はレジの方に飲み物を買いに行った。と、そこでもう一度我々は固まった。
 店を去ったとばかり思いこんでいた怪人が、レジから少し離れた向こう側に壁にもたれながら立っており、こちらを向いていたからである。連れは例によって目が合ってしまったらしく、隣で固まっていた。

 読者の方で、腕の良い祓い屋やエクソシスト、祈祷師といった方面にお詳しい方がいらっしゃったら、当方まで是非ご一報頂きたい。

怪人No.04 陽気ぐらしのおっさん

 これは大学に通っていた頃の話である(今でもいるのかな? 多分いると思うが)。阪急梅田駅とJR大阪駅(御堂筋口)との間の横断歩道の所にはよく変な人が立っていた。
 全身黄色づくめでずーっとじっとしている人なども大概怖かったが、彼はパフォーマーだから「芸」としてこちらも安心して見られた。
 しかし、あのおっさんは理解できない。
 金正日が着ているようなベージュの作業着に赤いビニールテープが貼ってあり、そのテープは「陽気ぐらし」などという文字を形成している。透明のビニール傘を差しているのだが、その傘にも赤いビニールテープで「陽気ぐらし」との文字が施されている。そして、そのおっさんは同じく赤いテープで字が書かれたトラメガをもっている。
 要はこんな感じだ。
 道頓堀消息筋通信によると、このおっさんは道頓堀では辻説法をして官憲と揉めたりもしているようだが、梅田では(もしくは梅田のおっさんは)歌を歌っていた。

♪ちぃからぁのぉかぁぎぃりぃ
    まぁっ しぃぐぅらぁ

 およそこのような歌詞を、力無い声で歌っていた。その歌声を聞く度に、私は体から一日の疲れがどっと吹き出すような倦怠感・脱力感に襲われていた。
 一度、陽気ぐらしのおっさんとJR環状線で乗り合わせたことがあったが、陽気ぐらしのおっさんは鶴橋で降りていった。きっと焼き肉を食べに行ったに違いない。連れは「あのおじさん、焼き肉食べて力出せると良いね」とつぶやいていた。あの歌を歌うのは力をつけてからの方が良いのではないか、などと要らぬ心配が頭をよぎった。

 おっさんは今でも梅田の路上で、力無い声で歌っているのだろうか。私は知らない。
(了)

《関連記事》
ダメなもの「近鉄電車に巣くう怪人達」
・ダメなもの「街で見かけた怪人達」

《リンク先》
・よし『Y's Court
・「謎の日傘男」『道頓堀消息筋通信

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2004年11月05日

ダメなもの「私のペット(とその飼い主)」

 2004年11月4日の晩、私が帰宅したとき父が「TVチャンピオン」(テレビ東京系)を観ていた。
 そのときは「こんなにいい仔になっちゃったワン! ダメ犬しつけ王選手権」の回で、三人のトレーナーが「噛む犬」「無駄吼えする犬」「すぐ走り出す落ち着きのない犬」をそれぞれ10日間しつけて、その成果を様々な競技で競い合うというものだった。犬たちはびっくりするくらい見事にしつけられていた。

 父はそれを観てつぶやいた。

「ローズはあのダメ犬の条件、全部備えとるなぁ…」

 ローズとは、ダメなもの「犬を捨てる人」の回で少しだけ紹介したうちの飼い犬である。今年の5月下旬に太子町の「道の駅」のトイレに捨てられていたのをもらってきたローズは、ちょうど巨人の阿部と小久保とローズが絶好調だったため親父に「小久保薔薇之介」という無体な命名をされてしまった。今考えても「『薔薇』って廃刊した某ホモ雑誌みたいだからやめてくれ」という家族の猛反対を押し切ってまでつけるような良い名だとは到底思えない。
 それじゃあんまりに不憫だと言うことで家族は通名でローズと呼んでいる(が、父だけはいまだに「薔薇之介」と呼んでいる)。

 このローズ、うちに来たときは体長25cmから30cmくらいの子犬で死にそうなくらい弱々しかったが、半年を過ぎた現在、体長は1mに迫ろうという大きさに育ってしまった。子犬の頃は黒と白だけの毛色だったのに、次第に茶色などが混ざってきた(父は「詐欺だ」と言っている)。引き取ってきた当時と変わってないのは相変わらずギョウ虫の卵を尻につけていることくらいか(ここ半年、何回薬やったと思っているのだ、あのバカ犬!)。

 ローズはその体躯に似合わず非常に臆病な犬である。
 散歩に連れて行くと、公園の馬やバイクの形をした遊具に怯える。向こうから走ってくる自転車に怯える。3人以上の団体に怯える。立て看板に怯える。駐車場の赤い三角コーンに怯える。子供の格好をした飛び出し注意の看板に怯える。
 つまり、外界にあるほとんど全てのものが怖いのだ。夜だとはっきり見えないから怖いのかと思い、母が昼間に散歩に連れて行くと、今度は夜には見えなかったらしいバス停にまで怯えてしまった。

 TVチャンピオンでは前回の優勝者の女性調教師というのが凄かった。渡辺えり子に化け猫メイクを施したような人で、噛んだ犬をどつくスパルタ調教をしていた。今回優勝した女性の調教師はどちらかというとその反対のタイプだったが、最後に「叱ったりして多少嫌なことをされても、最後に褒めてあげればいい」というようなことを言っていたので、もう少しきちんとしつけようとの思いを新たにした。
 臆病なのは徐々に慣らしていくしかないので今すぐどうこうするつもりもあまり無いが、突然走り出したり甘噛みとはいえやたら手を噛んでくるのはさすがにしつけなければいけない。つないであるひもから散歩用のロープに替えるときに手を噛んでくるのには徹底的に注意してやめさせ、突然走り出さないようにするため「伊東家の食卓」(日本テレビ系)でやってた裏技を犬に施す。一度諦めかけたが、もう一回地道にしつけることにする。プロの技とはいえ、10日であそこまで変わるのだ、ローズだって間に合うだろう。

 当ブログのペット、こうさぎのチャッピーもローズほどではないにしろ、結構おバカである。ブログの内容をしゃべるのだが、これが適当極まりない。「なものー」と言うくらいは可愛いもので、「クズ…」「死刑制度ー!」などと言い捨てて向こうへ去ってゆくのはちょっとどうかと思ったりもする。寝ているときに耳をクリックすると「国文法…ムニャムニャ」「政府…」とろくな事を考えていないようだ。
 落ち込み気味の時に当ブログのこうさぎの存在を知り、クリックして癒されようとしたところ、「ダメ♪」と言われてより落ち込んだ、という苦情が複数件寄せられたりもしている。由々しき問題である。
「主に政治に関する事柄を記事にしているブログの方が、このこうさぎを設置するのは正直やめてほしいです」というご意見も拝見した。確かに、仰ることには一理ある。
 しかし、私はバカペットジャンキー(タダのバ飼い主?)である。バカペットジャンキーにとっては、そういうペットへの非難の声こそが、よりペットに対する愛着をかき立てるのである。だからこうさぎは撤去しない。あしからずご了承頂きたい。
(了)

《関連記事》
ダメなもの「犬を捨てる人」
・ダメなもの「私のペット(とその飼い主)」

《リンク先》
・「TVチャンピオン」(テレビ東京系)
・「伊東家の食卓」(日本テレビ系)

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2004年11月04日

ダメなもの「主婦が寄り集まっての政談」

 今日、某所のミスタードーナツでのこと。隣の四人がけの席に主婦が四人座っていた。聞き耳を立てていたわけではないが、何やらパソコンがどうたらこうたらと話しているのが聞こえてきた。どうやらパソコンの話をしているようだ。興味がある単語はどうしても耳についてしまう気質らしい。
 主婦達は、息子にパソコンを買い与えただの、大学ではノートパソコンでノートを取るようになったから必須になっただのと話していた。知ったような口をきくのは慎まねばならない、と痛感した。

 連れが用事を終えて戻ってきた(ちなみにこの連れは当ブログの読者でもある)。隣の主婦達の話はパソコン話から、IT企業のプロ野球参入・買収の話へと展開していく。次第にヒートアップする熱気は「すいませーん、コーヒーおかわり!」という店員を呼ぶ声にも表れている。
 楽天の参入話から始まり、ライブドアへの同情、そしてソフトバンクのホークス買収話へと話はとめどなく続いてゆく。巨人を初めとする旧態依然としたプロ野球のオーナー連中に嫌われてはじき出されたライブドアの社長・堀江貴文は悲劇のヒーローで、楽天の社長・三木谷浩史はオーナー連中にうまく取り入った、そしてソフトバンクの孫正義は「えっと、あの人台湾の人やったかな…?」

 向かいに座っていた連れが笑いをこらえながら言った。
なんか、香川美穂を思い出した
 私もつられて笑ってしまった。確かに現在隣で展開されている政談は、日曜版のネタそのまんまだったからだ。

 テレビのワイドショーでしか情報を得ないだろう主婦の認識とは所詮この程度なのだろう。とはいえ、IT業界に対して「これからの業種」くらいの素朴なイメージしか抱いていないことに軽いカルチャーショックを覚えた。
 正直、IT業界というところの大手はどこもロクなものではない。ソフトバンクの体質については以前にも批判したが、孫正義という人の実態を知れば「先見の明があった偉い起業家」なんてイメージは吹き飛ぶだろう。

 隣の政談家たちにはライブドアが被害者のように映ったようで、「プロ野球機構・楽天=強者・悪、ライブドア=弱者・善」といったこの上ないまでにわかりやすい構図で政談を展開していた。確かにプロ野球のオーナー連中はろくでもないし、それに取り入った三木谷社長の一連の動きにも疑問がないわけではない
 しかし、片方が悪ならもう片方は正しいなんて、あまりにわかりやすすぎないか。

ライブドアの堀江社長に対する批判

 ライブドアの経営体質だのまでを一々取り上げることはしない。それは当の政談家たちのあずかり知らぬ話だろうし、それを知らなかったことを以て云々するつもりも無いからだ。
 ただ、堀江社長が常にTシャツとチノパンでいたことは政談家たちも知っているはずだ。彼女らは堀江社長のあの格好に何も思わなかったのだろうか。
 私は、球団買収をすると言った時から、堀江社長のあの格好に不快感を覚えた。今までのIT業界(とくにベンチャーの世界)では、シャツにジーンズといった格好でも許容されたのかも知れない。直接表に出ることもあまり無かっただろうし、それを許容するIT業界という虚業の世界でならあの格好でも別に構わないと思う。

 しかし、プロ野球の世界では、というより一般社会という公の場では、あの格好は許容されない。それが常識というものである。堀江の主義主張は知ったことではない。常識を弁えない堀江を非常識であり失礼だと言っているだけである。

 これに対しては「服装なんて」と思う人もいるかも知れない。「大事なのは中身であって外見や形式など関係ない」と反論する向きもあるかも知れない。
 しかし、それは礼儀における形式というものの重要性を全くわかっていないと言わざるを得ない。

 これを説明するために、まずは礼儀というものについて考察する。
「ヤマアラシのジレンマ」(だったと思う)というものをご存じだろうか。ハリネズミのように全身とげだらけのヤマアラシは、互いを暖め合おうと相手に近づこうとすると、互いのとげが互いに刺さってしまう、というジレンマことを言うそうである。
 礼儀の例え話としては少しずれたかも知れないが、人間同士が付き合うのもこれと似たような側面がある。近づきすぎると相手の嫌な面なども見えてきて、うっとうしくなったりすることは読者にも思い当たることがあるだろう。
 こんな風に、相手に近づきすぎることで互いに不快な思いをしないよう、適正距離を保つものが「礼儀」なのである。特に重要なのは、自分の痛みよりも相手の痛みに思いを致すことにある。
 なぜ我々は礼儀を弁えない相手に不快感を覚えるのか。それは、我々が不愉快な気持ちをしている(相手のとげが刺さっている)ことについて相手が思いを致さず、ずかずかと間合いに踏み込んでくることにある。つまり、こちらについて配慮がない、突き詰めて言えば「 自分が無視されている」という部分に不快感を生む本質があると考える。

 ではこの「礼儀」と服装という「形式」はどう結びつくのか。
 ここで押さえなければならないことは、そもそも我々には他人の内心などわかりっこないということである。
 我々は他人の心・考えというものを何によって判断するだろうか。それは、外見や所作、表情や発言の態度、発言の内容などからである。つまり、我々はその人の外部に表出された諸情報を総合的に判断することでしか相手の気持ちを理解(推測)できない。
 でも、これではあまりに不便である。こういうときに発達するのが「約束事」つまり「形式」である。記号論については全くの門外漢だが、「約束事」という「形式」に特定の意味を付与し、その組み合わせを共有する(=記号化する)ことで、意思伝達が早くなるわけである。
 真面目な話をするときや公の場では服装を整えるというのも、広く社会で共有されているこの「約束事」(=「形式」)のひとつである。つまり、服装とは身を以てその誠意を表す社会の約束事なのである

 では、しかるべき服装をしないことがなぜ失礼なのか。
 今までの説明からすると、服装を整えないということは、社会通念上「誠意を示していない」ことを意味するから、ということになる。
 逆から考えてみればこれはよりはっきりわかる。「服装は関係ない。誠意は態度で示す」という態度自体、我々に対し「服装では判断するな」という価値観を押しつけている。そもそも誠意や礼というものは相手に対して尽くすものであることを考えると、この態度がいかに横柄なものであるかは説明するまでもないだろう。
 要するに、服装を整えないということは、我々が広く有する約束事(社会通念)を無無視しており、配慮がない。これは我々を無視していることに他ならない。だから非礼に当たるのである。

 オリックスと近鉄の合併問題のとき、選手たちは会見をするときにスーツを着て服装を正していた。これは、プロ野球界でもこういう問題について話し合うときには服装を正すという(社会一般と同様の)通念があることの証左である。
 そこへ、堀江はあの格好で参入しようとしたわけである。これが選手たちに失礼でなくて何だというのだ。選手に対して誠意を示さない堀江の口から「球団を経営する」「ファンの期待に応える」「プロ野球を支える」と言っても私は信用できないし、少なからぬ人々が「誠意が感じられない」「胡散臭い」と感じても当然だと思う。なぜなら、選手同様我々も服装を正すべきと言う社会通念を共有しているのだから。

私の性格上の問題なのか

 かなり話がそれてしまった。政談家たちはなおもしゃべる。
 こういうことを隣でしゃべられると、私は我慢できなくなる。聞かないようにしようとするが、どうしても気になってしまい、話に割り込んで彼女らの知らない情報を教えたくなる。
 またこう言うときに限って話題がなかなか変わらないのだ。気になって気になって仕方がない。もう「イーッ!」となってしまう。
 こういうときの対処法は3つしかない。席を立つか、話に割って入るか、それともこちらで別の話題に没頭するかである。私は後者を選択し、それこそ弁士のようにまくし立てた。今考えると、ドラマ「忠臣蔵」で大石内蔵助(松平健)が仇討ちする気がないことをアピールして祇園で遊びまくるときに「マツケンサンバII」を踊るべきだ、というしょうもないことを憑かれたように力説していた己が恥ずかしくてならない。
 こういうとき、一体どうすればいいのだろう。妙案があれば是非教えて欲しい。
(了)

《関連記事》
ダメなもの「livedoorとソフトバンク」(1)
ダメなもの「livedoorとソフトバンク」(2)
ダメなもの「政談」

《リンク先》
・『孫のせいで損したのぢゃ 弐号
・薫友「うさんくさいぞ楽天三木谷社長
   『マリンブルーの風

posted by だっしー at 10:20| 大阪 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ・日記・ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月22日

ダメなもの「近鉄電車に巣くう怪人達」

 街には変な人がたくさんいる。この間も、ママチャリに乗って信号待ちをしていたおっさんが同じく信号待ちをしていたスポーツカーに向かって、
「お! これはまさしくスポーツカーや!」
と一人で指を指しながら断定していた。他にも、
「うえあっ! うえぁっ!」
と叫びながら通り過ぎる人など、その手の人はおそらくどこにでも一定するいるのであろう(大阪は多少とも多そうだが…)。

怪人No.01 ボディコン怪老人

 私が怪人に一番よく遭遇するのは電車である。
 私がよく利用するのは近鉄電車の南大阪線であるが、ここにも変な人は少なからず出没する。中学の同級生の女の子に聞いた話だが、近鉄南大阪線には「赤鼻の痴漢」というのが出没するそうである。もう七、八年も前のことだから今もいるのかどうかは知らない。

 同じ頃から私が見かけ、現在でも出没しているSクラスの怪人がいる。それは、ボディコン*から出た長くすらりとした二本の足を組み、頭にはニット帽を目深にかぶり、ストレートの茶髪をした 老婆もしくは(性別不詳)である。

* ボディコン
 すでに死語か。イメージが湧かないという方は、椎名高志『GS美神極楽大作戦!!』という漫画の主人公が着ている服を参照頂きたい。

 初めて見たとき、私はそのすらりとした足に目がいった。
「こらまたエラい格好した姉ちゃんがおるなぁ」
と視線を上げていくと、そこには「くしゃおじさん」みたいなもはや性別を超越したジェンダーフリーな老人の顔が乗っかっていた。そのとき電車は混んでいたが、その怪人の周囲2メートルは座席も含め誰もいなかった。まるでその怪人がA.T.フィールドを展開しているようだった。
 初めての遭遇から約八年。今でもその怪人を時折見かける。ある時はうちの最寄り駅のホームのベンチに座っていた。目の前で電車が到着しても微動だにしないその姿に、「じゃあなぜあんたそこに座ってるの!?」という疑問を禁じ得なかった。
 またある時は、天王寺にある近鉄百貨店の地下の食料品売り場で警備員に両脇を抱えられてどこかに連行されている姿をたまたま目撃したこともある。普段食料品売り場なんて私は行かないので、この遭遇はものすごい確率かとも思った(それが喜ばしいものかどうかは別として)が、警備員の「はい、行くでもう」という慣れた口調を聞いたときに案外そうでもないことがわかった。迷惑な常連さんなわけね。

怪人No.02 「過去の現在」を学ぶオッサン

 近鉄電車と言えば、他にこんな人も見たことがある。数年ほど前のいつだったか、雨の中、母親と二人で電車に乗り出かける用事があった。そのとき、藤井寺駅で妙なおっさんが乗り込んできた。バーコードヘアの面長に四角い眼鏡をかけたおっさんは、紺のウインドブレーカーに黒いスラックスという出で立ちだった。小脇に何か書物を抱えている。
 おっさんは、電車に乗り混んでくるとおっさんの体積の三分の二くらいしかない隙間に立った。どうやらここに座るつもりだ。と、突然おっさんはとんでもない行為に出た。手にしていたびしょぬれの折りたたみ傘をいきなり網棚に置いたのだ。それも「バサッ」っと乱暴にである。おっさんの隣ともう一つ隣に座っていた女性がびっくりしておっさんの方を見た。
 当然私もそのおっさんの突然の行為にびっくりした。隣を見ると母もおっさんを見て唖然としていた。というか、近くにいた全員がおっさんを驚きの目で見ていた。
 しかし、おっさんは謝るどころか、そんな周囲の目すら全く気にしていなかった。隣二人の女性など明らかに「あんた何考えてるの?」といった視線を飛ばしているのに、である。ナイロンザイルくらい神経が太いのか、それとも神経自体が飛んでいるのか。
 おっさんは座席の隙間に無理矢理尻と体をねじ込むと、小脇に抱えていた本を読み始めた。ウインドブレーカーとのコーディネートを意識したのか、紺の表紙の書物であった。
 私はおっさんに気づかれないようにまじまじとおっさんを見ていた。すると隣にいる母が私に耳打ちする。母の声は明らかに笑いを必死にこらえているのがわかるものだった。
「あのおっさんの読んでる本見てみ。1975年版の『現代用語辞典』やで
 確かに背表紙をこちらに向けるかのようにおっさんが顔の位置まで持ってきて読んでいるその書物は1975年版の現代用語辞典であった。母は私の心に浮かんだツッコミそのままを続けて耳打ちした。
「あんな20年以上も前の現代用語辞典なんか読んでどうすんねやろ? ってか、あの人、ホンマに現代を知りたいんやろうか?
 私の要らんこと言いな性格は絶対この母から遺伝したものに違いない。おかげで私まで必死に笑いをこらえないといけなくなったではないか。
 終点の阿部野橋(≒天王寺)駅までの約15分ほど、おっさんと母にひどい目に遭わされた。

 天王寺にも変な人は少なからずいる。それについてはまた折を見て書くかもしれない。
(了)

《関連記事》
・ダメなもの「近鉄電車に巣くう怪人達」
ダメなもの「街で見かけた怪人達」

《参考文献》
・椎名高志『GS美神極楽大作戦!!』(小学館)

posted by だっしー at 12:38| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ・日記・ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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 これらに目を通さずにトラブルが発生したとしても、当方は一切責任を負いませんのであしからず。