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2004年12月30日

何で「リットン」を出さんのや!!

 毎年年末に放送される「オールザッツ漫才」、今年ははっきり言って見だした1999年以来最低だと断ぜざるを得ない。

なぜ「リットン調査団」を出さないのか!?

 いや、もう本当にがっくり来た。年に一回彼らをテレビに出してしまうことこそ「オールザッツ漫才」の存在価値ではないか! テレビでちらほら見られるような若手なんぞほとんど流す必要はないとさえ言える。若手とカルト芸人を主役にし、売れっ子達はだれないよう「つなぎ」で入れれば十分である。じゃなければ深夜に延々と放送する意味がないではないか。

 毎年朝まで頑張ってみていたが、今年は途中で寝てしまった。翌朝起きて一応全部に目は通したものの、大部分は時間の無駄だった。

「M-1グランプリ2004」の時にも感じたし、最近のお笑い番組を見ているときにも感じるのだが、そろそろお笑いの人材が出尽くしたのではないか? 私の印象では、笑い飯や南海キャンディーズよりも下の世代で面白い奴を見た記憶がない。笑い飯あたりを最後にする「初期M-1世代」とも言うべき一つの人材の「波」が退潮期に入ったように思われてならない。

 また、今テレビに出ている芸人も、個人差はあるもののどんどん消耗している。その中で、私が一番見ていて辛いのは波田陽区だ。
 彼のネタはテレビのワイドショーなどをチェックし続けるという膨大な「暇」の上に成り立つ芸だ。なのに、忙しくなってテレビをまともに見る暇が無くなると、必然的にガソリンを入れずに走り続けることにならざるを得ない。
 不遇が続いた芸人がブレイクすると、今まで苦節何年でため込んできたものを長くて一年弱で出し切ってしまうという法則のようなモノがある。息切れしたブログを書いている自分が言うのも何なのだが(というか逆に身に染みる部分もあるが)、クリエイティブなものについて量産を求められることは一番キツいことだと思う。貯金とインプット量以上のアウトプットを続けていると必ず枯れてしまうのは火を見るよりも明らかだ。
 波田陽区のスタイルや切り口などは結構好きなので、「テツandトモ」のように見事なまでに消えて欲しくない。だからブラウン管に波田陽区が出ているとつい心配してしまう。

 って、エラい話がそれてしまった。最後に「オールザッツ漫才2004」についてもう一つだけ。上記ではだめ出しをしたが、今回若手をトーナメントにせず、ある程度の持ち時間を与えてネタをやらせたのは正解だったと思う。この形式は来年も維持していってほしい。
(了)

posted by だっしー at 12:56| 大阪 ????| Comment(1) | TrackBack(0) | お笑い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月29日

ダメなもの「アンタッチャブルのM-1優勝」

 前回の続きである。

 私の周りでも「アンタッチャブルが順当だったのではないか」という声は結構聞かれた。彼らの安定感と技術、そして勢いを理由にするものがほとんどだ。

 しかし、私はそういう声にどうしても違和感を感じてしまう。私が関西人だから関西びいきで観てしまうのか、己の偏向を真っ先に疑ってみた。
 でも、この考えは否定せざるを得ない。
 今までのM-1でも、1000万円を取らせてあげたいひいきのコンビと、そのとき一番面白かったコンビとのズレはままあった。ますだおかだが優勝した2002年度についても、彼らが十年目ということやその前年に大阪の客の身びいきのせいで負けてしまったことへの同情心がかなりあったが、純粋に面白さだけで判断したらフットボールアワーの方が遙かに面白かった。
 たとえ身びいきがあったとしても面白いモノは面白いし、面白くないモノは面白くない。そう感じることについて自分をだますことは出来ない。少なくとも私はそうである。

 やはり、アンタッチャブルは面白くなかった。去年(2003年)のM-1でのネタは私も大笑いしたが、今年のM-1は一回も笑えなかった。明らかに面白くなくなっている。
 その理由は、去年のビデオを見直した時にわかった。ツッコミの面白さが半減しているのである

 去年のM-1での彼らが面白かったのは、ボケよりもツッコミの方である。1のボケに対して5も10もと、過剰なまでに突っ込んでいた。審査員のラサール石井だったと思うが、「ツッコミが過剰だ」と評していたが、全く同感である。
 はっきり言って、山崎のボケは話を混ぜっ返したり、話を聞いていない適当な返しのパターンが多すぎる。同じパターンでも次から次へそのパターンでボケられることは、それはそれで凄い技術だとは思うが、やはり単調になるのは否めない。
 そのボケを活かすのは柴田のツッコミである。おんなじようなパターンのボケが2回続いた時、2回目に柴田の過剰なツッコミが入ることで、客はむしろ柴田のツッコミのおかしさで笑う。そうすることで、ボケの単調さが解消されると同時に、彼らの「勢い」も最大限に活きてくると思うのだ。そして、それこそが彼らの一番の持ち味である、と私は思っていた。

 だから、そのツッコミの過剰な部分がなくなった今年のアンタッチャブルを観ると、どうしても「勢いだけ」になっていたと感じてしまうのである。面白さで言えばはっきりレベルダウンしていたとしか言いようがない。決勝のネタなど、勢いにあぐらをかいた芸でなくて何だというのだ

 もっとも、最終的には、笑いは各人の好みの問題に帰着してしまう。私がお笑いに求めるモノは、意表を突く斬新な発想である。うまさ・技術も確かに必要ではあるが、それも発想あってのものだと思う。
 そう言う意味でもやっぱりアンタッチャブルには目新しさはないんだよなぁ…
(了)

《トラックバック送信先》
・アキ「M-1リターンズ
   『なんか愛しい毎日を。

posted by だっしー at 09:44| 大阪 ????| Comment(7) | TrackBack(0) | お笑い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月27日

ダメなもの「M-1グランプリ2004」

 結論から言う。全体的には過去四回の中で一番レベルの低い大会だった。正直収穫は南海キャンディーズだけだったのではないか?
 以下、雑感を少々。

優勝したアンタッチャブルについて

 アンタッチャブルのネタを見たが、一回も笑えなかった。別にアンタッチャブルに否定的な感情を持っていたわけでもない。むしろ意識的に笑おうとすらして観ていたが、そうやって観れば観るほど面白いことを全然言っていないことを思い知らされた。
 一言で言えば、彼らは「勢いだけ」。気のきいたことも言ってないし、何か新しいものがあるわけでもない。少なくとも去年のM-1のときと何も変わっていない。彼らのどこが面白かったのか、だれか教えて欲しい。

 私が単に世間の感覚とずれているだけなのだろうか…

笑い飯と千鳥

 個人的な予想では笑い飯が1000万円を持っていくとみていたが、今回のはネタが悪すぎた。何であんなネタを持ってきたのかわからない。それは千鳥にも言える。
 彼らの実力はあんなもんじゃないのに、それが晴れの舞台で発揮されなかったのがファンとして残念。来年に期待する。

麒麟

 敗者復活で勝ち上がってきたのはファンとしては嬉しいし、それを差し置いてもアンタッチャブルよりよっぽど面白かった。
 しかし、私としては一年目のあの斬新なネタがいまでも印象に残っているので、どうしてもそれと比較してしまい、常に「食い足りなさ」を感じてしまう。
 友人は「おかけんた・ゆうた化してしまった」と酷評していたが、私はもう少し肯定的な評価をしている。ただ、良くも悪くも安定期に入ってしまったことは否めない。ちょっともう完成しちゃった感じで、今からもう一回化ける(爆発)するような期待が持てないのだ。正直なところ来年は決勝進出もキツいのではないか。

その他

 東京ダイナマイトは、春風亭小朝を信用してネタが悪かったとみておく。あの静かなツッコミもハマればいいのだろうが、ちょっとしんどい…
 タカアンドトシもまぁまぁ面白かったけど、決勝まで残るレベルだとも思えない。M-1の一回勝負と比べるのも不公平だとは思うが、大阪ローカルでは彼らレベルの漫才師などそれこそゴロゴロしているからだ。
 アンタッチャブルと同様、一回も笑わなかったのがPOISON GIRL BAND。ぶっちゃけ、クソとも面白くなかった。感性の違いなのだろうか。
「その他」の中で一番面白かったのがトータルテンボスだった。評価はPOISON GIRL BANDよりも低かったが、理解に苦しむ。将来性も(POISON GIRL BANDと比較するなら)こっちの方が遙かにありそうな気がする。

番組自体が変

 感想の域を出ないのだが、全体的にどうも最初からアンタッチャブル優勝ありきの出来レースだったような感じがしてならない。それを言い出すと第一回目からずーっと実力よりも出来レースっぽかったのだが、その出来レースの出来もお粗末すぎやしないか。
 邪推ついでにもう少し。笑い飯をどう考慮するかを棚上げした形で言うが、アンタッチャブル優勝には色々な思惑が働いていそうに感じる。アンタッチャブルが10年目で今年で最後だったことや、そろそろここいらで東京勢からも優勝を出しておくべきという判断があったようにも感じられる。
 仮にそうだとしても、八百長するならするで、もうちょっと視聴者を納得させる作りにして欲しい。

 審査員にも不満は色々あったが、ここでは一つだけ。
 中田カウス、イラネ! 昔、ナンバ一番館という番組でビートたけしをゲストに招いた際にやたらたけしと親交があるようなところを盛んにアピって男を下げまくっていたが(たけしがうんざりしていた顔が印象的だった)、まさかM-1の審査の場でまでやるとは思わなかった。もはや審査という以前の問題である。

西川きよしはやっさんの後を追え!

 中田カウスよりひどいのが西川きよしである。
 西川きよしがM-1の審査員として不的確なのは、第一回目(M-1グランプリ2001)のとき、キングコングのネタに95点をつけた時点で明らかである。
 で、どうしようもないので翌年から司会に回したが、ここでも面白いコメントをひとっつもっていない。
 誰がどう考えたってあの番組に西川きよしが不要なのは明白である。それ以上に、これ以上公共の電波で老醜をさらされるのは迷惑以外の何ものでもない。個人的には議員を辞めたついでに芸能界も引退してほしいと切に願っている。

 ところで、西川きよしは議員を辞めた後、やたらあちこちの番組に出倒しているが、よっぽど金に困っているのだろうか? 嫁のヘレンや娘も劇的に露出が増えているが、そんなに金に困っているのならもうちょっと生活を慎めばいいのに…

私の中での優勝は南海キャンディーズ!

 斬新なネタとスタイル(しずちゃんときっしょい男(山里)のコントラストが最高)、そしてネタ運びのうまさ。どれをとってもアンタッチャブルとは雲泥の差である。
 特に、山里のうまさは特筆に値する。ラサール石井が「一回も外していない」と言っていたが、正にその通りだと思う。しずちゃんのボケも単体だとはっきり言ってイタイだけだが、それを最大限の笑いに変える山里のいじりは掛け値なしにうまい。
 M-1がガチンコ勝負だったら南海キャンディーズが優勝だったと私は思う(もしガチンコであれだというのなら、来年から審査員を刷新するか大会そのものをやめてしまうべきだ)。
(了)

posted by だっしー at 02:00| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(1) | お笑い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月04日

ダメなもの「漫才コンビ・キングコング」

※ 以下の文章は多分に挑発的かつ辛辣な表現で書かれています。キングコングのファンで、キングコングを悪く言うのは見たくない、という方はお読みにならないで下さい。


 敢えて差別的に言う。

「女・子供が騒ぐようなものにロクなものはない」

 厳密に言えば、私がついつい見下してしまう「女・子供」とは、女子供の中でも一部のものを指す。具体的には、私からみて下らないものにワーキャー言っている一部の連中のことである。だから、女性全員がダメだと言っているわけでもなければ、子供全員がダメだと言っているわけでもない。それでも十分差別的なことを言っているとは自分で認識しているが…

 私はお笑いが大好きで、若手芸人の番組などもけっこう観ているが、その中で大嫌いな漫才師がいる。それは「キングコング」だ。私はキングコングの漫才を観てもいっぺんも面白いと思ったことがない。もしキングコングのファンが奇特にもこの文章を見かけたなら、どこが面白いのかを私に教えて頂きたい(本気でお願いします)。

 彼らの漫才はとうてい漫才と呼べるような代物ではない。周りの若手芸人が色々面白いネタを作っているのに対し、彼らのネタはネタと呼ぶのも憚られるようなお粗末なものだ。「漫才」に何かオーバーな動きをつけたりしていたが、これも小手先の子供だましに過ぎない。ボケの梶原のキャラクターもナインティナインの岡村隆史にかぶって見えるし、悲しいかな岡村ほどの愛嬌もない。

 しかし、このキングコングには女子中高生を中心としたファンが昔からついていた。吉本興業の若手芸人は難波にある「baseよしもと」という小劇場に出ているが、そこの客というのが件の女子中高生である。彼女らがキングコングの二人(特にツッコミの西野?)が格好良いと、アイドルファンみたいに黄色い声をあげたりしていたようで、これは「2丁目劇場」時代からよくあったことではある。

 ただ、キングコングはこの女子中高生の黄色い声援を受けているうちに完全に勘違いしてしまった。「baseよしもと」で女子中高生にプチアイドル扱いされることは、ブラウン管や大舞台で笑いをとれるだけの技術が身に付いたことを意味しない。そこをはき違えていた彼らは、ブラウン管に露出するようになった頃から明らかに天狗になっていた。少なくとも私の目にはそのように映ったし、そのことに嫌悪感も感じた。

 キングコングがデビューした頃はオーバーアクションの漫才という目新しさや「勢い」があったのかもしれないが、彼らのやっているラジオ番組も、「笑っていいとも」に出演しているときも、面白いと感じたことが一度もない。「笑っていいとも」の客は「baseよしもと」とよく似たところがあるので、うまくやればもてはやされるだろう。しかし、彼らの商品価値が「面白い芸人」にあるとはとうてい思えない。

 キングコングのことをボロカスに書いてきたが、私の願いは単純なことである。
「芸人をテレビに出すなら面白い芸人を出してほしい。プチアイドル的な面白くない芸人などという中途半端なものは観たくもないし、そんな奴らを芸人扱いするな!」
(了)

posted by だっしー at 01:52| 大阪 ????| Comment(9) | TrackBack(0) | お笑い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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 これらに目を通さずにトラブルが発生したとしても、当方は一切責任を負いませんのであしからず。