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2006年03月23日

WBC世界野球について

 WBC世界野球の決勝戦、4回裏からしっかり観てしまった。双方にチャンスが訪れ揺れ動く展開。一喜一憂しながら最後まで目が離せない試合だった。大塚が最後の三振を取ったときにはテレビの前で「よっしゃー!」と絶叫している自分がいた。

 すでにあちこちで喜びの声や記事が上がっており今更な感はあるかも知れない。が、私も遅まきながら言わせていただく。

おめでとう!

そして、

ありがとう!

日本代表!

…と、ここで終わればいいのに、やっぱり小言が続いてしまう。これはもはや私の業なのかも知れない。
 しかし、感動は感動、喜びは喜びであると同時に引っかかった部分も目についた。これらは併存するものである以上、後者についても触れないわけにはいかない。まさに「ダメなものはダメ」である。

日の丸を背負うということ

 優勝が決まる9回裏に主審が日本ベンチに注意したシーンを覚えていらっしゃるだろうか。目の前まで迫った優勝の喜びからか、ダグアウトから身を乗り出したり足をグラウンドにかけたりしていた選手に「グラウンドに出るな!」と注意していた場面だ。王監督が主審の注意を承けて選手達にダグアウトの中に入るように足を叩いて注意していた。それにも関わらず、その後またグラウンドに足をかけている選手が一人いた。

 我々には想像も出来ないだろう程の重圧や苦難があったことだろうことは理解している。そして、それらを乗り越えての優勝がそこまで来ていることに興奮を抑えられない気持ちは痛いほど察せられる。
 が、この様子は世界に配信されているのである。たとえこの程度の小さなことでも、いや、この程度の小さなことだからこそ私は気分を害された。マナー(ルール)はきちんと守って欲しい、と。日本を代表して出場していればこそ、そういう一挙手一投足がイコール日本人の振るまいとして受け取られかねないし、我々の誇るべき日本代表であればこそ、そういう細かいところでマナーの悪さを露呈するようなことのない日本代表であって欲しかった。

 金メダルを授与されていたとき、川崎がガムを噛んでいたように見えたが、もし噛んでいたとしたら猛省していただきたい(私の見間違いなら謝罪して訂正するが)。
 今大会大活躍のイチローも、メダル授与の際に脱帽しなかった点だけは反省していただきたい。やはりあれは非礼以外の何者でもない。

 断っておくが、私は殊更日本代表を貶したいわけではない。断じてない。これらのことで今大会の栄誉も、私の日本代表に対して感じる誇らしい思いも変わることはない。
 ただ、それはそれ、これはこれである。たとえ細かい点であったとしても、日の丸を背負う、つまり日本の代表として国際大会の檜舞台で世界中から注目される立場にある以上、恥ずかしいことはして欲しくないし、優勝という結果でもってそれらを不問に付すこともできない。それだけである。

決勝でも"あの"ボブ・デービッドソンは誤審していたのではないか?

 今大会で一躍有名人になった誤審でおなじみの"あの"ボブ・デービッドソン審判。決勝戦の中継では船越アナが一々、
「一塁塁審は"あの"ボブ・デービットソンです!」
と言っていた。もはや"あの"という枕詞無しにデービッドソンの事を語れなくなりそうだ…。
 そのデービッドソン、決勝でも誤審をしていなかったか?
 決勝6回表の日本の攻撃のとき。確か川崎のセーフティバントだったと思うのだが(もしかすると次の西岡かもしれないし別の選手だったかもしれないが)、ギリギリのタイミングでアウトになった。ちなみに私もはじめはアウトだと思ったのだが、リプレイのビデオを改めて観るとほぼ同時に見えた。同時ならセーフであるから、従ってこのジャッジも誤審ということになる。
 際どかったこともあり、あのときは流れが日本側にあったのもあったので抗議しなかったのだろうか、などと今になって思う(あのプレイを覚えていらっしゃる方、コメントを頂ければ幸いです)。

今回も韓国の言い分は意味不明

 もはやW杯以降毎度のことであるが、日本の優勝にケチを付けるばかりか自分たちの誇りであるはずの韓国代表の健闘さえ台無しにしかねない勢いで訳のわからないことを言っている韓国世論があまりに不愉快なので、最低限のことだけ言わせていただく。
 ただ、せっかく日本のWBC初代チャンピオンを讃える記事を穢したくないので、詳細は別に譲ることにする

身勝手なアメリカ主導もこの三年で是正すべき

 あからさまに自分たち有利に組んだ予選リーグ。収益金の三分の一を大リーグが持って行く。しかも収支決算を公表しない。
 今回日本が勝ったとはいえ、それをもって「勝者の余裕」をかましてこれらを温存させてはならない。今後も真の野球世界一を決め続ける大会にするのであれば、よりフェアーな大会運営にしなければならない。
 が、これについては別に詳しく論じているサイトがいくらでもあるのでそちらに譲ることにする。
(了)

《関連記事》
WBCの韓国について

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WBCの韓国について

発端となった「30年発言」について

 一応簡単にではあるが経緯を追っておく。

イチロー発言でWBC一気白熱…韓国“挑発的だ”
「30年は日本に手は出せないな」

“30年は日本に手は出せないな”という勝ち方をしたい−。WBC日本代表のイチロー外野手(32、マリナーズ)の発言に、韓国代表がライバル心をムキ出しにしている。アジア予選1位通過を狙う韓国のメディアもイチローには敏感な反応だ。30年は不遜(ふそん)か、それとも妥当な年数か。

 韓国メディアが地元で批判的なトーンで報道したのは、イチローの21日の公式会見での発言。

「ただ勝つだけじゃなく、すごいと思わせたい。戦った相手が“向こう30年は日本に手は出せないな”という感じで勝ちたいと思う」

 韓国代表は日本代表とともに、福岡のヤフードームで合宿中。取材に訪れている韓国メディアは「30年発言」に、挑戦的なニュアンスが含まれていると色めき立った。翌22日には地元韓国で次のような報道があった。

『イチローが初日から挑発的な発言をした。イチローの韓国に対する挑発発言はオリックス時代にもあった』(東亜日報)

『韓国、台湾などと名指しにはしなかったが、優越感を表明したものと受け取られている』(スポーツ朝鮮)

 韓国代表の主力選手たちも、韓国メディアの問い掛けを受け、イチロー発言に応酬。アジア予選での直接対決(3月5日、東京ドーム)を前に、場外舌戦の様相となっている。

 昨季韓国MVPの孫敏漢(ソン・ミンハン)投手は、「イチローが全打席でホームランを打っても、いつも勝てるものではない。うちのチームをなめているようだが、必ず勝ってみせる。イチローは30年選手を続けるのか?」と燃え立った。

 李炳圭(イ・ビョンギュ)外野手も、「これまで日本の野球がわれわれより上だと思ったことはない。韓国と日本は同じようなレベルなので、いつでも勝てる。アジアラウンドでは2位ではなく1位で本戦に行きたい。十分日本に勝てると思う」と、強気な発言が飛び出している。

 一方のイチローは、24日の対12球団選抜との壮行試合第1戦後、30年発言について、「それくらいの勢いで勝ちたいということ」と真意を説明。この発言も韓国で報道された。

『イチロー、30年発言、特定の国狙ったものではない』(スポーツ朝鮮)

 イチローの30年発言は、他意はないものとして一応理解されたようだが、実はその後もさらに尾を引いている。25日に代表に合流した韓国初の大リーガー、朴賛浩(パク・チャンホ、パドレス)は韓国メディアの取材にこうコメントした。

「30年発言は気にするようなものではない。牽制(けんせい)する気持ちから出た発言かもしれないが、そんな発言に代表選手たちが振り回される必要はない。大事なのは今度の大会で、30年後ではない」

 ベテランらしく過剰反応することにクギを刺したが、その言葉の端々には逆にイチローへの意識ものぞかせている。

 ただ、イチロー発言に対する反応は、韓国でもWBC注目が集まっている裏返しでもある。当初、海のものとも山のものともいえなかったWBCは、開幕を3月3日に控え、日本でもにわかに盛り上がりを感じさせるようになっているのも事実だ。

 イチローの活躍は、日本代表の勝利だけでなく初めて開催される野球世界一決定トーナメントの成功に大きくかかわる事象にもなりつつある。場外舌戦よりも激しく、高いレベルの試合を見せてくれることを祈りたい。

ZAKZAK 2006/02/27

 他にも色々当たってはみたが、大体こういうことらしい。

 で、わからないのは、何でこれが『イチローが初日から挑発的な発言をした』『韓国、台湾などと名指しにはしなかったが、優越感を表明したものと受け取られている』となるかである。第三者的にみて異様なのはこの発言を以て自分たちに喧嘩を売ってきたように解釈できる韓国の自意識である。何だかチンピラが「何メンチ切ってんねん」と因縁を付けてきたようにすら感じる。当のイチローとしても、世界に向け日本野球の実力を見せつけてやろうと思っていた矢先に韓国から「俺たちを挑発してるのか!?」と想定外な反発を浴びて「?」と思ったのではないだろうか。
 はっきり言って、日本も世界もそんなに一々韓国のことなんか注目していない。百歩譲ってイチロー発言が挑発的だとして、それに対して韓国が喧嘩を買ったとしても、喧嘩の買いすぎである。1しか売っていない喧嘩をどうして100も買えたんだろう?

今回もマナーの悪さはピカイチ

 私は韓国戦は観ていないのだが、優勝の軌跡や"熱い"イチローを特集したVTRを観る度にびっくりしたことがある。2次リーグでの韓国戦でギリギリ取れそうなファールフライを捕れずイチローが叫ぶシーンである。
 が、問題なのはそのファールフライが捕れなかったのが韓国のファンの妨害のせいなのである。ファールフライを捕れなかったイチローにそのファン達がざまぁ見ろとばかりに挑発していたのは日本でも見られそうな光景であり、(私としては不愉快だが)そういうのもアリなのかも知れないと割り切ることはできる。ただ、プレーを妨害するのは論外である。それは正々堂々とフェアプレーをしている自国の選手達にも失礼な全てをぶち壊す野蛮な行為である。
 ファンの程度が低いのは以下の記事からも伺える。

【WBC】イチローにぶつけた裴英洙が「烈士」扱い?
 
 WBCアジア予選での隠された逸話が続々と公開されている。

 5日の日本戦で裴英洙(ペ・ヨンス)がイチローの尻に死球を当てた事件にも後日談がある。以来、裴英洙は一部ネティズンたちの間で「裴烈士」と呼ばれている。

 韓国代表チームの宣銅烈(ソン・ドンヨル)投手コーチは10日、「2死までは無難に切り抜けたため、マウンドに上がり“この次交代だ”と言ったら“わかりました”と言った。そしたら、その次のイチローに当てちゃったんだ」と話した

 続いて宣コーチは「でも実は内心、嬉しかった」と当時を振り返った。

 当時、裴英洙がイチローに球を当てて以降、日本の打者は気後れし、韓国代表チームのベンチは雰囲気が良くなったというのが現場を見守っていたKBO関係者の証言。

 韓火(ハンファ)から派遣されたトレーナーのチョ・デヒョン氏は「裴英洙の躍動的な投球フォームに相手打者がたじろいでいるのをはっきりと感じた」と話した。3−2で逆転勝ちした背景には裴英洙もいたわけだ。

フェニックス=キム・ナムヒョン特派員
『スポーツ朝鮮』 (強調引用者)

 宣のこの発言が「逸話」として新聞に載るのである。韓国社会の程度の低さは推して知るべきであろう。
 ファンもファンなら選手も選手である。

勝つべきチームは僕ら イチロー=訂正

 イチロー外野手(マリナーズ)が、野球人の誇りを懸けた戦いに完勝した。試合前の練習で告げられた初の3番で3安打、2盗塁、1打点。そして、これまでの2度の苦い思いを晴らすような6−0の勝利。しかし自らも含め、日本の選手が感情をあらわにして、韓国ベンチに向けてガッツポーズをすることは一度もなかった。
 「当然でしょう。野球はケンカではない。そんな気持ちでした」。しかし、今大会における韓国選手たちの振る舞いには闘志をかき立てられていた。
 例えば2次リーグで日本に勝利した後、太極旗をマウンドに突き立てた者がいたこの日、5打席目の邪飛を捕球した三塁手は、そのボールを打者のイチローに向かって投げつけたそれ以外にも敬意を欠く行為が連続大好きな野球が冒とくされた、と強く感じていた
 本当の強さやプライドは、プレーそのもので表現すべき。少なくとも、イチローの固い信条は日本野球で培われたものだ。「勝つべきチームが勝たなくてはいけない。そのチームは当然、僕らだと思っていた。きょう負けることは、日本のプロ野球に大きな汚点を残すことと同じ」。
 絶対に負けられない韓国との3度目の顔合わせは、イチローにとってアスリートの尊厳を守る“聖戦”でもあった。
 そんな志に、日本代表のメンバーは完全に同調している。「本当にいい仲間ができました」。チームリーダーが、やっと満足げに笑った。

(サンディエゴ共同)
[ 共同通信社 2006年3月19日 22:10 ] (強調引用者)

 よくぞ準決勝で勝ってくれたと日本代表に改めて敬意を表すると同時に、韓国のこの下品さが改まるまでもう試合をして欲しくないという思いが強くなった。

負けてからの後出しジャンケン

 準決勝で日本に負けた韓国は「勝ち星も最多で、1次リーグ、2次リーグで日本に二度の勝利を収めているのに日本が決勝に行き、韓国が準決勝で姿を消すのはルールがおかしい」などと盛んに言っているようだ。
 が、今大会の形式ははじめからわかっていたはずである。そこで要求されているのは、それぞれの段階(1次リーグ・2次リーグ・決勝トーナメント)で要求される各勝利条件を満たしていくことである。ここ一番で勝てなかったからといって自分たちが勝っている要素を持ち出すのは後出しジャンケンと同じである。
 この手の後出しジャンケンの卑怯さは「交替可能性」を考えればすぐにわかる。もし日本と韓国の立場が逆だった場合、日本側が「ルールがおかしい」などと言い出したら韓国は何というだろうか。「そうだそうだ、日本の言うとおりだ。だから韓国としては決勝進出を辞退し、日本に決勝に出てもらう」とでも言うのか? 「負け惜しみである」として切り捨て、ルールを擁護する側に回ることだろうことは火を見るよりも明らかである。

終わりに

 W杯のときはあまりのひどさに純粋な怒りを感じたが、今回に至ってはもはや呆れるばかりである。かつては嫌韓感情もあったが、朝鮮民族の価値観や思考を知るにつけ(これについては参考文献などを紹介しながらいずれ詳述したい)、ただただうんざりし、ひたすら関わりたくないとしか思わなくなった。
 なのに韓国側はしつこく関わろうとしてくる。

【WBC】KBO総裁、10月以降に韓日戦を希望
「プライドが傷ついた日本は再戦を断る理由がないだろう」

 韓国野球委員会(KBO)の辛相佑総裁は22日、平和放送のラジオ番組に出演し、今年10月以降に韓日野球国家代表チームの再戦を行いたいと語った。

 辛総裁はつかみかけたWBC優勝カップを逃し国民が残念がっているという司会者の言葉に対して、「KBOの次元で両国のプロ野球のシーズンが終了する10月以降に再戦する方向で検討したい」とし、「韓国にはドーム球場がないので日本側の意思が重要だ」と話した。

 辛総裁は「今回惜しくも優勝を逃したが、実質的には韓国に2対1で負けたことを日本もよくわかっている」とし、プライドが傷ついた日本は再戦を断る理由がないだろうと語った。

(朝鮮日報)

 ホントうざい。再戦を断る理由を一つ挙げておく。

 選手・ファンともにマナーが最低。

 W杯以降ヨーロッパ諸国は韓国との親善試合をほとんど拒否しているそうだが、日本もそれに倣うべきである(一番被害が大きいんだから尚更である)。

《追記》

 それにしても、「韓国にはドーム球場がないので日本側の意思が重要だ」って、身勝手な再戦要求まで日本へのおんぶにだっこが前提ってどこまで図々しいんだろうと思う。そのような待遇を当然に受けられると思っている勘違いっぷりは、見ているこっちが恥ずかしくなる。もうお願いだから日本に絡んでこないで欲しい。

 それに、日本は韓国と雌雄を決するために闘ったのではない。WBCの初代チャンピオンとして世界に日本野球の強さを証明するために闘ったのである。際どいところは何度かあったが、日本はその当初の目的を達成することができた。それだけである。
 これについては『あんた何様?日記』に上手い比喩があったので、それをご紹介したい。

貴方方(だっしー注:韓国のこと)が言っていることは、ルールを無視して、

例えば、フルマラソンで、ペース配分せず突っ走り、

35キロ位まで1位だったのが、全力疾走がひびいてバテてしまい、

次々と後続に抜かれてしまい、最終的には10位にがた落ち。

でも「途中まで私が1番だった、私に金メダルよこせ」 と言ったり、

『クイズ$ミリオネア』で、14問目まで正解していたが、最終問題で不正解。

「14問目まで正解していたのだから、1000万円よこせ」と言っているのと同じですよ。

(名塚元哉「今後、30年は負け犬の遠吠えが続くのかね?」)

 韓国は盛んに日本との勝敗にこだわるけれど、自分たちで「日本に勝ち越した!」「イチローの30年縛り発言を阻止してやった!」と喜ぶのは勝手だが、それを日本にまで押しつけてくるのは身勝手と言うものである何で日本がそれに一々付き合って、韓国の価値観を共有しなければならないのか

《追記2》 

 トラックバックを頂戴した「再戦!?」(注:トラックバックのタイトルは「立場の違いで思うことは違う」となっていますが、タイトルを変えられたようです)に以下のような記述があった。

10月以降に日韓戦案
ということで,韓国側から日本への再戦が申し込まれたようです.

それはいいのですが,その中で韓国野球委員会(KBO)の辛相佑総裁が

「実質的には2対1(2勝1敗)で韓国に負けたと、日本もよく分かっている」

といったことが日本では非難轟々のようですね.

でも,冷静に考えるとそういいたくなる気持ちも分かります.日本は韓国に負け越しているんですから.
もし逆の立場だったら,やっぱり同じようなことを思ってしまいそうです.
いや,立場ある人が公の場で言うことではないですが.

本来は同じアメリカが作った独善的ルールの被害者同士のはずなのに,利益を得た(というほどのものでもないけど)側が,損益を被った側の悔しさから出た言葉を非難するのはなんとなく気分がすぐれません.

やはりここは,勝者の余裕で再戦を受けて立ってあげたいですね.
どうせ日本の方が強いんですから,チンチンにして思い知らせてやればいいんじゃないでしょうか.

 この意見については異論がある。

冷静に考えるとそういいたくなる気持ちも分かります.日本は韓国に負け越しているんですから.
もし逆の立場だったら,やっぱり同じようなことを思ってしまいそうです.

とあるが、似たような状況はアテネ五輪においてすでにあった。
 覚えていらっしゃるだろうか。予選で一度は勝っているキューバ相手と三位決定戦をして負け、四位に終わった。ここでこの韓国の論法を持ち出すなら「予選で一度は勝っているんだからこれで五分だ」として実質的な三位決定戦の開催を要求するようなものである。
 最初からそういうルール・システムで闘うのを前提とした大会だったのに、結果に納得できないからと言って後から自己満足のために相手方との試合を申し込む。これがいかに身勝手な振る舞いかはご理解いただけることと思うし、日本もこんなバカな提案はしなかったのはご承知の通りである。

 そして、こういう身勝手を安易に受け入れることは、優勝国に勝ち越した事を以て「お前らのチャンピオンの地位はまだ『仮』だ。負け越している我々にきちんと勝って初めて真のチャンピオンだ!」という価値観を認めてしまうことになる。これはWBCの権威そのものを否定しかねないものであるし、それは同時にWBCにプライドを賭け真剣に臨んできた全出場国に対する無礼に荷担することを意味する。
 もっと言えば、この手の後出しジャンケンのようなクレームと再選要求を認めてしまえば全ての大会が成り立たなくなる。どんなものにだってイチャモンは付けられるからだ。決勝が三番勝負なら2勝1敗でキューバが勝っていたかも知れないし、リーグ分けが違っていればドミニカやプエルトリコが優勝していたかも知れない。ルールの改善は次回に向けての解決すべき課題であり、それを今大会の権威否定に用いるのはお門違いなばかりか(繰り返しになるが)そのルール・システムのもとで全力を尽くして闘った全出場国に対して失礼である。

 本来は同じアメリカが作った独善的ルールの被害者同士のはずなのに,利益を得た(というほどのものでもないけど)側が,損益を被った側の悔しさから出た言葉を非難するのはなんとなく気分がすぐれません.

 ここでは議論の混乱がみられる。アメリカを不当に利する独善的なルールとは球数制限や予選リーグ分けなどのことであり、日本が負け越した韓国に一度勝つことで決勝に進めたラッキーはこれに含まれない。何となく釈然としない部分もないではないが(それはおそらくリーグとトーナメントの混合制度からくる混乱であり、平たく言えば各段階での勝利条件の変化に頭がついて行っていないだけ)、逆の結果(日本が勝ち越していたのに準決勝で韓国に敗れて決勝に進めないこと)だってありえたのだからこの点では断じて不公平ではない
 始めに呈示されたルール・システムのもとで全力を尽くし、運に助けられた部分もあったとはいえ各段階で要求された勝利条件を達成して優勝を手にした。それだけの話であり、ルールやシステムについて韓国に引け目を感じる理由など全くない。

 これは筋論の問題である。WBCの権威そのものを否定しかねない韓国側の無礼な申し出に対して日本が見せるべきは「勝者の余裕」などという見当違いな太っ腹さではなく、WBCの権威を守るという「勝者の責務」である。
(了)

《関連記事》
WBC世界野球について

《リンク先》
・「イチロー発言でWBC一気白熱…韓国“挑発的だ”
  『ZAKZAK
・「【WBC】イチローにぶつけた裴英洙が「烈士」扱い?
・「【WBC】KBO総裁、10月以降に韓日戦を希望
  『朝鮮日報
・「勝つべきチームは僕ら イチロー=訂正
  『sportsnavi.com
・名塚元哉「今後、30年は負け犬の遠吠えが続くのかね?
  『あんた何様?日記

《トラックバック送信先》
・「再戦!?」(注:トラックバックでは「立場の違いで思うことは違う」となっていますが、タイトルを変えられたようです)
  『雑感を書く』 

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2004年08月25日

ダメなもの「オリンピック野球 準決勝」

 オリンピック野球は準決勝で惜しくもオーストラリアに負けてしまい、金メダルを逃した。

 この敗因を少し考えてみたが、やはり長嶋監督がいなかったことが一番大きかったのではないだろうか。
 長嶋監督なら勝負どころに代打を送ったりしてどんどん選手をつぎ込むが、今回はそれがなかった。7回のチャンスにそのまま藤本を送ったのはちょっと勝負所を弁えていなかったとしか言いようがない。スタメンにしても小笠原など調子が今ひとつの選手は外すべきだったと思う。
 試合後、中畑ヘッドコーチのコメントには驚いた。
「どうして負けたかわからない」
「最高のチームなのにね」
 この人、指揮官としてゲームの「勝負所」にちゃんと勝負していたのだろうか?

 野球に限らずほとんどのゲームでは、競技中は選手自身の判断が大きなウエイトを占める。むしろ野球はベンチからの指示を受けやすいスポーツに入るだろう。
 では、野球における監督の仕事とは何か。それはピッチャーの替え時にリリーフを送ることと勝負所に代打を送る、この二つに尽きると言っても良い。投手面では大野投手コーチの判断は正しかった。しかし、中畑ヘッドコーチはここ一番のチャンスに「勝負をかける」ことをしなかったのではないか。だからこそ上記のようなコメントが出るのではないか。実質的に長嶋監督の代行としてやるなら、長嶋監督の勝負所にありったけの戦力をつぎ込む、そういうスタイルをまねてほしかった。
 確かに、オールプロの選手を替えるには、おそらく長嶋監督でなければ納得しなかったのかもしれない。バッター交代を躊躇してしまいがちな心情も察することはできる。しかし、それで勝利を落としていては話にならない。「長嶋ジャパン」でやってきた落とし穴がここで出てしまったか、と私はみている。

 とはいえ、オールプロの日本代表に対し、国民の期待もいささか膨れすぎていたのではないだろうか(その期待をいたずらに膨らませたのがマスコミであることは毎度のことである)。所詮「打線は水物」である。いかに日本のプロの技術が世界レベルにあるとしても、相手もそれ相応の選手が出てきているのである。ちょっと「希望」が一人歩きしすぎていた気もする。
 それに、オーストラリア代表は2Aや3Aの選手たちがけっこういた。ランク的には格下かもしれないが、侮れない選手もたくさんいたのである。日本の前評判はあまりに相手を舐めすぎてはいなかったか。日本代表に期待していたのは私も同じだが、膨れすぎた期待が実現しなかったことを以て手のひらを返したように代表を悪く言うことはすべきでない。
 もっとも、同じ相手に二度も負けた点については、やはり責められても仕方ないが…

 以上が私の見解である。この点、意見を異にする日記があった。2004年8月24日の名塚元哉『あんた何様?日記』である。

松坂が13奪三振の好投ぶりを発揮したというのに、

なんだよ、あのボロカス打線は!!

オーストラリアは、準決勝でキューバと当たるより、

日本と戦うほうが楽だとカナダ戦でわざと負け、日本に挑んできました。

こんな舐めたことする奴らを完膚なきまでに、

向こうが泣いて謝るぐらい叩きのめしてほしいと思っていたが、

日本はなんちゅう無様な戦いかたじゃ!

狙いダマも絞れてなければ何の策も無し。

チャンスで藤本にそのまま打たせた場面見てこりゃ駄目だと確信したよ。

 攻撃面での問題はおおむね同意するが、悔しさからかちょっと感情的になりすぎているような気もする。優勝候補の日本に敢えて挑んできたオーストラリアに対して「舐めたマネ」と怒るのも無理はないが、裏を返せばオーストラリアはそれだけ日本を研究して対策してきていたということでもあり、そのことにもきちんと目を向けるべきだろう。オーストラリアは3Aや2Aの選手が結構いたことは先にも指摘した。名塚さんはこの点を看過して簡単に「格下扱い」しているようにも思われ、この点では同意できない。

全員アマチュアで望んでくれた方が、腹も立たん。

アマチュアの夢を奪っておいて、オールプロで挑みながらオーストラリアに2敗・・・。

 言いたいことはわかるが、さすがに「全員アマチュアで望んでくれた方が、腹も立たん」は言い過ぎだ。アマチュアの選手に失礼である。

プロ野球は今まで国際競争力に晒されなかった幸運なスポーツでした。

日本サッカーなんか常に世界レベルを問われ、

野球ファンからは馬鹿にされたが、とうとう野球もメッキが剥がれたような。

合併問題を含めて、この惨敗によりプロ野球の凋落傾向に加速がつくんじゃないか。

「国際競争力に晒されなかった」という誤植はおくとしても、この意見には全く同意できない。
 別に野球を擁護するつもりもないが、この名塚さんの議論は野球とサッカーの普及率などの諸事情を全く無視しているので、そもそも議論の前提がいい加減すぎる。
 それに、客観的にみれば日本の野球(とくに投手の質)は世界で十分通用する。それは今回の「惨敗」の結果からみてもそう言えるはずだ。

 悔しさ余って野球バッシングというのもちょっとどうかと思う。
(了)

《リンク先》
・名塚元哉「野球日本代表は、逆境ナインを読んで根性を叩き直せ!
   『あんた何様?日記

posted by だっしー at 09:52| 大阪 ????| Comment(1) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月19日

ダメなもの「オリンピック柔道のルール」(2)

 これは柔道に限ったことではないが、オリンピックを観ていて思うのは、審判の質のバラツキが激しいことである。

 たとえば、一本となる投げは背中がつくくらい相手を崩して投げていて初めて取ってくれるもののはずである。しかし、中には明らかに崩しが不十分でも背中がついたことをもって一本を取っているようなケースも見受けられた。背中がつくというのは、相手の体勢を完全に崩して投げた結果であり、転がっても何でも結果的に背中がつけば一本というのは本末転倒ではないのか。

 これとの関連で気になるのは、最近、ヨーロッパで流行っている投げ技が「すくい投げ」系の技である。これは、身をかがめてタックルのような形で相手の足をとり、それをすくい上げて投げるという技である。それがあくまで「すくい投げ」であれば良いのだが、中にはプライドか何かで観たようなタックル気味のすくい投げもちらほら見受けられる。倒して背中さえつければいいというものではないはずで、そこに 崩し*がないと、それこそ他の総合格闘技などとどこが違うのかわからなくなってくる。

* 崩し
「崩し」については言語化するのは難しい。敢えて補足するなら、柔道に限らず武道全般に共通するスポーツとは質的に異なった動きや体の使い方、相手の崩し方である。この点については古武術研究家の河野善紀氏の著作などが参考になる。

 あと、胴着の前がはだけたまんまになっているのは何とかならないのだろうか。
 試合中、激しい襟の取り合いで胴着の前が完全に帯から出てはだけている選手が結構見受けられる。あれは試合を止めたときに直させるべきだ。非常に見苦しいし、あれだときちんと前を帯でとめているときよりも投げにくくなっているかもしれない。
 こう言うと、柔道をやってた人から反論があるのかもしれないし、逆に襟自体は取りやすくなるだろうから一概に有利というわけではないのかもしれない。仮にそうだとしても、やはり胴着はできる限り整えるべきである。なぜなら、ルールとか公平とか以前に、柔道は武道の一つであるからだ。前のはだけた見苦しい姿で試合を続けることが「礼」に適うことだとは考えがたい。

「礼」について興味深いのは、剣道では一本を取った後ガッツポーズをしたら一本が取り消されるということである。そのルールを支えているのは「武士道」であり、相手に対する「礼」という発想だ。
 日本人は、単に相手を倒すための技術である武術の中に、その訓練を通じて自己の内面を磨き、人間としての向上を目指すという精神的な訓練も見いだしてきた。それをある種の哲学にまで昇華したのが「武士道」であり、戦った相手に対しても礼を尽くすという考え方は世界に誇るべき一つの思想だと私は思う。
 国際社会の場で柔道が広く普及しているのは喜ばしいが、そこに(柔道にも当然流れているはずの)「武道の精神」がなければ「日本発の武道」としてあまりに寂しいのではないか。これは先に述べた「崩し」という技術的なものにも共通する。ガッツポーズの是非はともかく、そういった本質が欠落して伝わった「judo」が、果たして日本文化の普及といえるのだろうか。

 以上は柔道を知らない門外漢の戯言に過ぎないのかもしれない。しかし、そういった本質をしっかり伝えていかないと、柔道は国際スポーツの場でどんどん改変されていくように思えてならない。
(了)

《関連記事》
ダメなもの「オリンピック柔道のルール」(1)
・ダメなもの「オリンピック柔道のルール」(2)

posted by だっしー at 23:59| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月18日

ダメなもの「オリンピック柔道のルール」(1)

 このアテネ五輪において柔道は日本のメダルラッシュが続いている。それは嬉しいことではあるが、どうも柔道の試合を見ていて疑問に思うことがある。

 それは、技が出ないと指導を与えられるというルールだ。
 確かに、ポイントが優勢だと技をかけにいかないことに対してはペナルティを与えるべきである。
 しかし、技をかける隙を狙っていて、その隙が無く攻めあぐねているときに、技が出ないからと指導を与えることには違和感を覚える。それは決して逃げではなく、指導を与えられるような卑怯なことではないからだ。
 逆に、技だけ数出せばいいというものでもない。いわゆる「掛け逃げ」もアリバイ工作のようで見苦しい。

 この問題の難しさは、「攻めあぐね」と逃げの境界が曖昧な点にある。そこに、「掛け逃げ」が加わるといよいよ境界は曖昧になる。

 これはルールの不備に起因するものではないように思う。つまり、これは柔道というスポーツ(私はオリンピックで行われている柔道は武道ではなくスポーツだと思っている。そのことについては改めて述べる)の本質から発生しているジレンマではないか。

 そもそも柔道とは、明治期にそれまで当て身などが入っていた「柔術」を嘉納治五郎が投げ技と寝技を中心とする「柔道」に整理して成立した武道である。ちなみに、この柔術の流れを汲む、いわば兄弟(もしくは従兄弟)にあたるのが「合気道」である(「合気道」には関節を極めての投げ技だけでなく武器や当て身もある。また、「柔術」自体も「大東流合気柔術」など現在も色々残っている)。

 合気道や柔術では、基本的に相手が攻めてこないならわざわざ投げたりしないし、相手を攻めるときには当て身を入れればいいだけである。つまり、投げ技とは基本的には「返し技」の性質を多分に持っているということである。
 しかし、柔道では当て身がそもそも禁止されており、返し技でお互い攻め合わなければならないというジレンマに陥る。しかも、オリンピックに出場するようなトップクラスの柔道家の間ではもちろん技に対する警戒・防御も一流なので、よっぽど技術的にずば抜けていないと投げるのは難しくなる。実力が拮抗してくると当然攻めあぐねも多くなるのは必然であり、それに対して指導を与えるというのはどうも納得がいかないのである。

 この柔道に内在する構造的なジレンマをどう克服するか。とりあえずは逃げと「攻めあぐね」を見分ける審判の眼を肥やすことくらいしか思いつかない。
 しかし、この審判の眼というのもあてにならない。これについては二つの要因が考えられる。一つは、これは野球など他の競技でも言えることだが、きちんと判定できるだけの審判が果たして何人いるのかということ。もう一つは、先にも少し触れた柔道の国際化に伴うスポーツ化である。
 これらについては改めて書くことにする。
(この項つづく)

《関連記事》
・ダメなもの「オリンピック柔道のルール」(1)
ダメなもの「オリンピック柔道のルール」(2)

《追記》
「掛け逃げ」の定義について、先にポイントを取ったらあとは逃げに徹して攻めないことを「掛け逃げ」だと勘違いしていた。正しくは、消極的な攻めに対して指導が与えられることを避けるために擬装的に形だけ技を掛けることをいう。お詫びして訂正するとともに、文章を書き直したことをお断りしておく。
 (2004.08.20)

posted by だっしー at 23:59| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月16日

ダメなもの「アテネ五輪柔道野村選手の扱い」

 男子柔道の野村選手が前人未踏の三連覇を果たしました! おめでとうございます。現在二十九か三十歳だそうだが、二十代をずーっと金メダリストで過ごしてきた、というのも考えてみればすごいことだ。報道の伝えるところによると、野村選手は三連覇の期待という周囲からのプレッシャーに参って一度引退し、二年ほどブランクがあったそうである。それを乗り越えての三連覇! 正に偉業である。

 TAWARAちゃんこと谷亮子の女子柔道二連覇も確かにすごい。怪我の不安もあったのに、公約通り見事金メダルを獲得したのだ。日テレで結婚式を放送させたえげつなさにちょっと辟易していたを忘れさせる素晴らしさだった。

 でも、マスメディアにおける両者の扱いはかなりの差がある。確かに両者の知名度を考えれば致し方ない部分もあるのかもしれない。
 TAWARAちゃんは浦沢直樹の漫画『YAWARA!』連載と重なって世に出てきたこともあり、一躍有名人になった。当時の私は、子供心に「浦沢直樹にしてみればいい迷惑ではないか? 所詮YAWARA!』は漫画の世界であると読者に思わせるんじゃないだろうか?」と勝手な心配をしていたのを思い出す。確かに、当時のTAWARAちゃんはYAWARA!』の幻想を打ち砕くのには十分ななだけの「女子柔道界の現実」をその面で立証していた。初のコマーシャルがお米のCMで、しかも「あきたこまち」などではなく、政府の「備蓄米」であったというあたり、TAWARAちゃんに対して世間が抱いていたイメージを象徴していて爆笑してしまった。

 一方、野村選手はあまり目立たない存在だった。男子ならば吉田秀彦や井上康生がどうしても前に出てきて、メダルを取っても二番手的な扱いを受け続けていた。
 やはり、オリンピックで三連覇してくれと国民の側(特にマスコミ!! お前らの飯の種だろうが)が願うのなら、もうちょっと報道面でもそれなりの扱いをすべきだと思う。野村がもっと世間に認知されて、それこそ井上康生やTAWARAちゃんレベルの有名人になっていれば、ファンの声援が野村選手を力づけて一度引退するようなことも無かったかもしれない。

 ともかく、今回野村選手は前人未踏のオリンピック三連覇を成し遂げた。TAWARAちゃんが六か七の扱いとすれば、野村選手は四か三くらいの扱いを受けており、確実にマスコミへの露出が高くなってきた。スポーツ新聞各社も一面にどちらを持ってくるか悩みに悩んで一面TAWARAちゃん、裏の一面が野村選手という風にしていた。
 そして、野村選手はワイドショーなどでも特集されるようになってきた。喜ばしいことだと私も思う。

 しかし、扱いについてちょっと疑問に思うところがある。それは、特集に力を割いているのが野村選手の美人な奥さんについてなのである。
 そりゃ野村選手はちょっと地味だよ。奥さんも結構な美人ですよ。でも、奥さんばっかり特集してどうするのよ? やっとテレビで時の人になったら今度は嫁がヒューチャーされるってどうなんだろう、と他人事ながら思ってしまう。

 でも、この野村選手(の妻)とTAWARAちゃんの対比を見ていて私は「美人だと夫が金メダルを三個も取ってくれるが、ブサイクだと自分でメダル取らなきゃならんのかぁ…」としみじみ思ってしまった。
 だからこそ、このつらい現実を打ち破るためにも、TAWARAちゃんの夫・谷選手には是非がんばって頂き、TAWARAちゃんのために金メダルを取り、野村選手夫妻に是非是非対抗していただきたい。ルックスでは夫婦そろって完全に負けてるのだから、せめて金メダルの数だけでもイーブンに持ち込んでほしい。
 頑張れ谷選手!!
(了)

《関連記事》
ダメなもの「露悪的な発言(?)」

《参考文献》
・浦沢直樹『YAWARA!』(小学館文庫)

《追記》
 一カ所、表記上の修正を行った。
 (2004.09.02)

posted by だっしー at 02:14| 大阪 ????| Comment(3) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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