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2008年02月26日

日本のスイッチ・162 by「ダメ」日記

※日本のスイッチとは毎日新聞の携帯サイトから参加できるアンケートです。本家はこちら、詳しくはこちらをご参照下さい。
※日本のスイッチの輪(略称・日ス輪)とは、日本のスイッチに参加したブロガーがそのアンケート結果を公表し、互いにトラックバックを送り合って交流するものです。詳しくは主宰のatsuさんのところで。 

 先週の結果から。
 前回のスイッチで、私と同じ回答をした人は31420人中972人いらっしゃいました。

 それでは今週のスイッチをどうぞ。




1.イージス艦事故、海自は本当のこと隠している印象
 ●あります
 ○ないです

 印象があるもないも、実際、検察や海保から捜査中につき情報の公開に制限がかけられています。それとは別に、海自が情報を隠しているのかもしれませんが、それはこれからの捜査で明らかにされるものと思います。

 今回の事件を通じて、海上自衛隊には現場レベルでのあり得ないミスや、連絡の遅れなど色々な問題点が改めて浮き彫りにされました。
 こういう事が二度と起きないよう、まずは事実をキッチリ検証し、その上で再発防止の改善策をとらなければいけません。

 それにしても今回も改めて感じるのはマスコミ報道の酷さです。捜査中で海上自衛隊が奥歯に物の挟まったような言い方しか出来ないからといって、被害者側の漁業関係者のコメントと感情的な責任追及論ばかりを言い募る…これが国民の知る権利に資するようには思えません。
 一時の感情に惑わされず、事実を冷静に分析して問題を解明することが出来ないなら、最早それは報道ではありません

 また、今回の事件で再度痛感したのは、マスコミにとって、人の不幸、もっと言えば人の価値・事件の価値は平等なんかじゃない、ということです。
 今回は海上自衛隊が加害者だからマスコミは集中砲火を浴びせています。自衛隊が国民の生命・財産を守るのを使命とするものである以上、強い非難を浴びることは確かに当然です。
 しかし、加害者が韓国だとろくに取り上げませんでした。1988年の海自の潜水艦なだしおの事故(なだしお事件)のときも大きく報道され、えひめ丸の事故の時もマスコミは大きく取り上げたんですが、なぜこの件だけはおざなりな報道と共に忘れられたんでしょうか。被害者の命も、海難事故という事件の性質にも違いはないはずなのに。

 私は別に、全ての命は平等だ、だから報道も平等に扱え、などと言っているわけではありません。何でもかんでも報道すれば良いというものではなく、そこに取捨選択があるのは当然の話です。
 しかし、事件の規模・性質においてほとんど違いが認められないのに、「加害者が誰であるか」という点(もっと言えば「加害者が韓国である」という一点)だけで、ここまで扱いを変えることに合理的な理由を見いだせない、と言っているだけです。
 海自の問題点については連日メディアで散々報道されていますので(感情的な非難にはひっかかるものがありますが)、ここでは繰り返しません。ただ、同時に、我々一般庶民はメディアの利用者として、今回の事件を報道するメディアの問題点知っておかねばなりません情報を隠すのは何も海自だけじゃないって事です

2.現状で石破防衛相
 ○速やかな辞任
 ●真相の解明を

 今回の事件で問われる石破防衛相の責任は「監督責任」であり、彼に直接的なミスは認められません。
 ですから、引責辞任をするにしても、この事件をキッチリ検証し、再発防止策をとってからにすべきでしょう。野党は辞任要求をしてますが、今それを要求することの方が無責任です。

3.カストロ議長引退のキューバ、私のイメージは
 ○カリブの楽園
 ●共産主義革命

 ユーゴスラビアのチトー、イラクのフセインのように、力でキューバをまとめ上げていた印象があります。前二者がいなくなって国内が混乱したように、カストロ議長の引退によって今まで縛っていた力がなくなることで混乱が起きないか、少し心配です。

4.東芝のHD−DVDを買っちゃった人が身近に
 ●います
 ○いません

5.テニス錦織選手、18歳での世界戦優勝に思うのは
 ○新たな王子だ
 ●王子はやめて

 オレ様を誰だと思ってるんだ!

6.文科省は小中学校の授業増やして、脱ゆとりって
 ●当然の流れ
 ○つめこみ心配

 ゆとり教育に関して言えば、サッカー日本代表の監督がかぶって見えます。
 オシム監督の就任が騒がれていた頃、「バンキシャ!」でいしかわじゅんさんがコメントしてたんですが、その整理を拝借します。

 トルシエ監督はキチッとフォーメーションを組み、監督の作戦・指示通りにプレイさせるスタイルで、ジーコ監督はその逆、つまり選手達が自分で考えながらプレイをするスタイル。ジーコ監督は選手に"自由・自律"なプレイをさせようとしたが、日本人の選手にそれ(自分たちで考える「自由」なプレイ)を求めるのは早すぎたのではないか?
 その点、オシム監督は二人の丁度中間で「オレが自由の使い方を教えてやる」って感じの人なんです。

 うろ覚えな上に、サッカーの監督の分析については専門外なので、あくまで一つの比喩としてご理解ください。
 この話の中で、トルシエ監督のやり方をつめこみ教育、ジーコ監督のやり方をゆとり教育だとすると、ゆとり教育の失敗が別の形で見えてきます。
 別に、元文科省の寺脇研さんを擁護する気はないのですが、ゆとり教育の狙いは自主的・自立的な学習にありました。それが失敗した原因はゆとり教育だけでなく、その理念を理解して現場で実践できなかった教育現場をはじめとする国民の側にあるんです。個人的には失敗の比率について、高すぎる要求をしてしまった文科省側に78割の責任があると考えています。が、国民の側も「円周率が3になる」みたいな表面的な反発に終始し(特にここでもマスコミの報道は目に余る酷さでした)、ゆとり教育の理念や目的を理解できなかったこと、そして教育現場のほとんどでゆとり教育が目指す質の高い総合学習を用意・提供できなかったことはしっかり認識しておくべきです(もっとも、これは教育現場の能力の問題ではなく、準備期間の短さや現場の処理能力を考慮しない要求をしたことなどが原因と思われます)。

 結局、日本にはゆとり教育というジーコ監督が目指した「自由なスタイル」は早すぎたんだと思います。子供の自主性を育てる試みはもう少し段階的に変えていくべきでした。
 では、子供の自主性を育てる教育とはどのようなものか? これに対する一つの回答は、この本にある「言語技術」だと思います。

7.プールの後、水道水で洗うのは目に悪いのだとか
 ●役立つ話
 ○話が違う

 どう「話が違う」のかがよくわかりません(ダメ設問)。

《追記》
 後者の選択肢の意味は、目を洗わないと目に悪いと言われていたから洗っていたのに話が違うじゃないか、という意味なんですね。やっと意味がわかりました。
 けど、話が違うと怒るのと、これからプールに行く際役立つかどうかとは別次元でしょ(やっぱりダメ設問)

8.この冬、一度も風邪ひかずに乗り切れた
 ○はい
 ●いいえ

 忘れたんですが、多分昨年末に風邪を引いたような…

(了)

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 参加者は常時募集中です。新規に参加を希望される方は「日ス輪基本ルール」をご一読ください。
 公式版「日本のスイッチ」への参加は、iモード・EZウェブ・ボーダフォンライブ!の「毎日新聞」サイトから。
 毎週月曜に新しい質問がアップされ、水曜日まで回答可能です。

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2008年02月22日

2008年竹島プロジェクト

竹島の日.jpg

※この画像は『あんた何様?日記』の名塚元哉さんのご提供です。使わせてもらってます、名塚さん。

 竹島は日本領土です
 韓国側は現在、竹島に灯台・見張台・兵舎を置いて警備員を常駐させて実効支配(不法占拠)を続けています。
 また、あくまで平和的解決を求める日本側が国際司法裁判所での解決を要求しているにもかかわらずこれを無視し続けてもいます。
 韓国は事ある毎に戦前の日本を引き合いにしては「軍国主義」のレッテルを貼りますが、こと竹島問題に関しては韓国こそ軍国主義のそしりを免れません。

 詳しくは島根県の『Web竹島問題研究所』のサイトをご覧下さい。

 領土問題の解決に必要なのは国民の関心です。今までこの問題をご存じなかった方は、これを機会に竹島問題について知っていただければ幸いです。
 微力ながらその一助となれば、と思い、この竹島プロジェクトに参加しました。

 なお、竹島プロジェクトの詳細については、佐倉純さんのサイト『桜日記』でご確認下さい。

(了)
 

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2005年03月17日

ダメなもの「理解不能な隣国人」

 事実は小説よりも奇なり。
 そして、デムパは我々の想定の遙か斜め上を行く――。

 もはや理解不能である。数年前にもあったが、なぜ抗議として小指を切断して送りつけるのか。確かに嫌がらせとしては効果的だろうと思うが、大嫌いな相手のためには指一本動かしたくないと思う私には、わざわざ指を落とすして送りつけるなど到底引き合わないと思ってしまう。これは万国共通の合理性だと思っていたが、どうやら違うらしい。一つ蒙を啓かれた。

 元々朝鮮半島には、どこかから「領土を侵略される」ようなことがあれば抗議の意味で体の一部を相手に送り続ける風習でもあるのだろうか。朝鮮文化の土俗・風習については明るくないので何とも言えないが、中国に「好太王碑」は残っていても、大量の「指塚」が残っているという話は寡聞にして聞いたことがない。そういえば、朝鮮総連の使用している土地に石原慎太郎都知事が課税を表明した際にも指がどうしたという話は聞かなかった。
 取りあえず、島と教科書には指を詰めるというのが半島文化なのだろう*。

* あ、もしかしてヤクザが指を詰めるのはウリナラ起源か!?

  「自己決定権」の問題、かな?

「火病」*が伝播・共鳴するものなのかどうかは知らないが、山形のスキー場で遭難した韓国人が逆ギレしたという話もニュースになっている。

* 「火病」(ファビョン)

 正式名称は「鬱火病」。
 韓国・朝鮮人にだけ現れる特異な現象の精神疾患。 英語表記は Hwapyung。文化欠陥症候群とも。
 怒りを抑えすぎて起こる、強いストレス性の精神疾患。
 強いストレスを適切に解消できず、我慢することで胸が重苦しくなる症状を指すという。
 夫の浮気など、自分の思い通りにいかないことが重なり、それを胸にしまい込んで生きている女性に主に現れる。
 ひどい場合は死に至るという。
 具体例としては、2002年の韓国大統領選挙中、投票日前日ににノ・ムヒョンへの支持を撤回したチョン・モンジュンや、 2003年の冬季アジア大会の女子アイスホッケーにおいてカザフスタン戦で20-0というスコアで負けている最中に試合を放棄したことなどが挙げられる。
ヤフー百科辞典によると、1970年代後半から論議され、体系的に研究が進んでおり、「九六年、米国の精神科協会では、この火病を韓国人にだけ現れる特異な現象として精神疾患の一種として公認し、文化欠陥症候群の1つとして登載している」という。
 韓国人独特の唐突な逆切れ現象を説明できる唯一のキーワードとして重要視すべきである。
 なお嘲笑の意を込めて「ファビョーン」と伸ばして使用されることが多い。
 (『2典Plus』より)

 まず、スキー場の立入禁止区域にロープを張っておいてもハングルで「立入禁止」を明示しておかないと迷ってしまう、という逆ギレに対しては老婆心ながら韓国人も反論しておいた方が良いと思ってしまう。「韓国人ってのはロープ張ったぐらいじゃコースと立入禁止区域の区別もつかないらしい」と日本はおろか世界中に誤解されかねないからだ。

 で、そんなことを言っている一方で、遭難しておいて「捜索を依頼した覚えはない」と逆ギレしているのは心底理解に苦しむ。自分たちは自分たちの読める看板がなければそこに入って良いかどうかすらもわからなかったくせに、日本人には「自分たちが捜索を願っているかどうか察しろ」と要求するわけである。それなら「万一遭難しても救助は無用に願います」日本語の看板でも立てといてくれよ(そしたらわざわざ助けに行かなかったのに)。ってか、韓国では遭難した際に「救助を求む」って予め表明しておくものなのか?

 実名報道されたことから警察に不信感を抱き、国に帰ってから損害賠償訴訟を起こすことを考えるのは勝手だが、それなら警察を訴える前に共同通信こそまず最初に訴えるべきであることも是非考えてもらいたい。もっとも、「共同通信などという三流メディアに実名を漏らせばかき立てるに決まっているだろう!」という意味で警察を責めるつもりなら、ちょっと共感を覚えてしまうが。

 竹島の問題があるから捜索費用の支払いを拒否しているって、そんな理屈が認められるのなら韓国人強盗団(メディア上では「武装スリ団」とか訳のわからない名前で呼ばれてるアレ)の被害にあった日本人「タダで韓国で遭難し放題」ということになる。あ、日本人なんか元々助けるつもり自体無いのか…

 この件ではっきりしたのは「韓国人はうかうか救助もできない」ということである。今回のことを反省し、次に活かすとすれば、これからは韓国人については入国手続の際に「あなたは日本国内でなにかトラブルに巻き込まれたら日本の公共機関に救助を求めますか?」ってチェックすべき、ということになりそうだ。でもそうすると今度は「韓国人差別ニダ!」とか言われるんだろうか? やっぱり韓国人とは関わるな、というのが教訓になりそうである。
(了)

《リンク先》
・『2典Plus

《トラックバック送信先》
・e_r_i_c_t「ありえねー!無知な新聞記者の「責任転嫁」:山形・韓国人スキー客遭難事件
   『不可視型探照灯

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2004年09月11日

ダメなもの「韓国反日法」(3)

 前回の最後に、反日思想を支える要因の一つに韓国人の強烈なコンプレックスがあることを指摘した。今回は、このコンプレックスについて分析してみたい。もっとも、精神分析については岸田秀の著作を読んだくらいなので、厳密さを欠く素人分析になると思うが、その辺はご了承頂きたい。

 コンプレックスという言葉は「劣等感」という意味で日常でもよく使われるが、厳密には「コンプレックス」と「劣等感」は違う概念である(詳細はこちらを参照頂きたい。わかりやすくまとまっている)。
 私がここで用いるコンプレックスとは、インフェリオティ-コンプレックス(inferiority complex)を指す。具体的には、自分が他者よりも劣っているという劣等感が、怒りや悲しみ、屈辱と言った強い感情と結びついていることを指す。
 このコンプレックスが生まれるには、2つの要素が無くてはならない。一つは、自分はこうありたい、こうでなくては嫌だという理想(内的自己)。もう一つは、他者と比較したときに理想と違って(他者より劣って)いるという現実(外的自己)である。この内的自己と外的自己の不一致、つまり現実と理想とかけ離れてみすぼらしい状態であることに対して強い否定の感情が結びついたとき、コンプレックスが発生するわけである。

 韓国についてこれを検討してみる。
 まず、外的自己(現実)の面を検討すると、朝鮮半島は地政学的に見て隣の大国・支那の脅威を常に浴び続けなければならない宿命にあった。実際、歴史的事実として、朝鮮半島は有史以来支那の影響を受け続けてきた。建築様式や李氏朝鮮の統治システムが支那のそれに酷似していたことなど、例を挙げ出すときりがないが、未だに人名が支那式であることを考えると、端的にイメージして頂けるだろう。
ちなみに、この影響の中には「中華思想」も含まれる。中華思想とは、支那大陸(の、特に「中原」と呼ばれる範囲)が文化の中心(中華)で、そこから離れるごとに野蛮度が上がっていく、という鼻持ちならない思想である。

 次に、内的自己の面を検討すると、支那の影響をモロに受けるという地政学的要素が、以下のような心理的特徴を生んだといえる。
 まずは、強い者に媚びる習性である。これは、長い間隣の大国に影響を受けてきた国の必然ともいえる。
 しかし、強い者に媚び続けることは大きなストレスを生む。この朝鮮民族の「逆らいたい(理想)が逆らえない(現実)」というストレスを発散させるのに役立ったのが「小中華思想」である。地理的に見て日本は支那よりも遠い。これは中華思想では日本がより野蛮であるということになる。だから、韓国は「中国が父、朝鮮が兄、日本が弟」であり(これが小中華思想)、儒教の目上の者は絶対という思想とも相俟って、日本は韓国よりも立場が下だと強烈に思いこむことになる。また朝鮮民族はこれによって自尊心を満足させてきた。そのような露骨な優越感情は恒常的にはなかったとしても、韓国の民族意識の中に確実にそれは受け継がれてきた。秀吉の朝鮮出兵を「倭乱」と呼び小中華思想に対する反「乱」(つまり、正当性のない反逆)としていることもその現れの一つである。
 ただ、これは端的に言って現実逃避に他ならない。比喩的に言えば、スネ夫が、ジャイアンに対して抱いているストレスをのび太にぶつけたって根本的には何の解決にもならないからだ。

 前近代までこれでも良かったかもしれない。しかし、近代に入って小中華思想は破綻する。
 ペリー来航により明治維新が起き、近代国家となった日本は李氏朝鮮に開国・近代化を迫る。しかし、小中華思想に凝り固まった李氏朝鮮は開国を拒絶するどころか、西洋の「野蛮な文化」にかぶれた日本を侮蔑する。その結果が日韓併合であった。
 強い者につく習性で日本との合邦を喜んだ人々も多数いた。が、日本の敗戦に伴い、今度は連合国側につく。「自分たちは敗戦国民ではない」という意味で「第三国人」と自らを呼称するようになる。

 独立国となった韓国はコンプレックスを抱くことになる。
 一つは、小中華思想に基づく日本に対する優越感情である。もちろんこれは我々から見れば根拠のない妄想に過ぎないが、韓国人の文化・思想の根幹にはきっちり組み込まれている。
 そしてもう一つは、現実面での日本に対する劣等感である。歴史的に見れば、日本に「侵略された」という事実があり、文化的に見れば、独自の文化を発達させた日本に比べ、ほとんどが支那のコピーだという現実がある。経済面では日本は脅威の復興と高度経済成長を遂げ先進国の一角を担うまでになっている。
 この小中華思想と現実面での日本の優位とのずれを強く否定したい感情こそが韓国のコンプレックスである。

 しかも厄介なのは、韓国のコンプレックスは内的自己を支える小中華思想が教条主義的であるということである。「全ての面で韓国は日本に対し優越していなければならない」という妄想が強いと、必然的に現実を曲げることになる。
 この視点から韓国のやることを見ていけば全てが説明できる(と思う)。
 文化的には「剣道、盆栽、寿司」などの日本文化のルーツは全て韓国にあるとするトンデモ起源説が韓国で主張されているが、これも自国にオリジナル文化がないことのコンプレックスである。
 歴史的には、日本を悪の侵略国とすることで道徳的に優位に立つことになる(もちろんそれだけだとは言わないが)。ただ、これは、日本に対して被害者という「弱者」の立場に立つことになり、小中華思想から言えば納得いかないことになる。だからまた別のストレスが発生し、結果、反日感情も激化していくことになる。
 また、歴史的事実として日本に合邦されたことは消し去れない。とすれば、その事実を認め、受け止めるしかないが、それができないとなればどうなるか。その答えの一つが「反日法」という事後法で過去を断罪することである。もちろんこれはスケープゴートであり、ある種の現実逃避とも言える。ちなみに、もう一つの答えは「歴史の修正」である。最近では高句麗のことで中国と揉めたらしいが、それもこの一例である。

「反日法」をはじめとする韓国の理解しがたい行動の根底には日本に対するコンプレックスがあり、そのコンプレックスは小中華思想という根拠のない妄想によって支えられている。しかもその程度は国際社会という第三者の目すら意識できないほど病的である。
 こんな国とわざわざ付き合おうとする酔狂の気持ちは私には理解不能だし、本気で韓国と日韓友好が築けると思っているのなら、それも小中華思想に負けず劣らずの妄想だと思う。
 韓国が今必要なのは「友達」ではない。「カウンセラー」である。
(了)

《関連記事》
ダメなもの「韓国反日法」(1)
ダメなもの「韓国反日法」(2)
・ダメなもの「韓国反日法」(3)

《リンク先》
・立花裕希「きまぐれコラム
   『立花裕希の癒しの広場

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2004年09月09日

ダメなもの「韓国反日法」(2)

 前回、罪刑法定主義が近代法の大原則であることなどを説明した。どうやら、罪刑法定主義に反する法律を作ることの意味(影響)を、韓国政府は全くわかっていないようだ。それは国際社会において、自ら前近代国家であることを盛んにアピールしていることを意味する。

 罪刑法定主義違反の蛮法(そんな言葉あるのかな?)の「韓国反日法」についてはこちらの記事が簡潔にまとまっている。これを少し紹介する。

■韓国で「反日法」成立 統治下の「親日行為」断罪

 韓国で二日、日本統治時代の“親日行為”をあらためて断罪し歴史に残そうという「日帝下の親日・反民族行為真相糾明に関する特別法」が国会を通過し成立した。

 法律の趣旨は表向き「歴史の教訓として後世に伝えるため」というが、韓国は日本支配から解放後、日本時代の人的遺産を活用しながら国家建設や経済発展を図ってきた経緯がある。このため、その中心になってきた保守層を「親日派」として否定する意図が背景にあるとみられている。

 法律成立までには「親日派」とされる日本支配への協力者の範囲や基準などをめぐってかなり議論があった。

 当初、旧日本軍の将校全体が糾弾の対象になっていたが、保守系の野党ハンナラ党が「日本軍経歴のある故朴正煕元大統領を糾弾し、ひいてはハンナラ党の次期首脳に予定されている長女の朴槿恵議員を追い落とす狙いではないか」と反発し、朴元大統領は該当しない「中佐以上の旧日本軍人出身」と修正される一幕もあった。

 法案には国会多数派のハンナラ党の議員がかなり賛成したため成立。これは四月十五日の総選挙を前に各議員が「親日派糾弾に反対した」となれば選挙に不利と判断した結果といわれる。

(『産経新聞』2004年3月3日)

「親日」という言葉が「国賊」を意味する韓国ならではの法律である。と同時に、国内の政治闘争のためなら国際社会に非法治国家ぶりをアピールすることも厭わない視野狭窄っぷりも理解に苦しむ。
 当時「日帝」の「植民地支配」に荷担した人々を裁く、ということの愚かさは前回に引き続き読んでいらっしゃる読者にはもはや言うまでもないことだろう。ハンナラ党の次期首脳をはじめとする保守派を狙って立法しようとするに至っては事後法もいいところである。日本の刑法学をほぼそのままコピーしたのなら、罪刑法定主義くらいきちんと理解していても良さそうなものである。仏作って魂入れずとは正にこのことをいうのだろう。

 ちなみに、その後の経緯を簡単に触れておくと(詳細は朝鮮日報の「『過去史真相究明』議論」をご覧いただきたい。記事が時系列でよくまとまっている)、与野党の首脳の肉親が共に日本軍に協力していたことなどが発覚。菅直人の「未納三兄弟」返り討ち事件のような様相さえ呈している。そして、「今年3月に国会を通過した親日真相究明法が制定過程の混乱で本来の趣旨が毀損された」として、 今度は同法の改正案が上程されている。これによると、調査対象を拡大するそうなので、朴正煕元大統領も射程にはいることになり、ハンナラ党次期首脳の朴槿恵(パク・クンへ=朴元大統領の娘)を追い落とすための法律を改めて国会の審議にかけるそうだ。誰か止める奴はいなかったのだろうか。

 ここで疑問に思うのは、なぜ韓国人は「反日」の前では思考停止してひたすら日本を糾弾してしまうのかである。これについては様々な要因が挙げられるが、その一つに韓国人の強烈なコンプレックスが挙げられるが、これについては次回に考察することにする。
(この項つづく)

《関連記事》
ダメなもの「韓国反日法」(1)
・ダメなもの「韓国反日法」(2)
ダメなもの「韓国反日法」(3)

《リンク先》
・「韓国で「反日法」成立 統治下の「親日行為」断罪
   『gooニュース・産経新聞
・「「過去史真相究明」議論
・「「親日真相究明法」改正案、国会に上程される
      『朝鮮日報

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2004年09月08日

ダメなもの「韓国反日法」(1)

 もしあなたが愛煙家だったとする(愛煙家ならそのまま)。最近タバコの害や嫌煙権が盛んに喧伝されているが、ある日こんな法律が出来たらあなたはどう思うだろうか。

喫煙禁止法
概要:タバコが有害な煙を撒き散らかすものであることに鑑み、今後一切の喫煙行為を禁止するとともに、違反したものを厳罰に処す。とともに、過去に喫煙した経験のあるも有害な煙を撒き散らかしてきた犯罪者として処罰する。

 タバコを向後禁止することは法律として施行されれば仕方ないが、後段の、過去の行為をさかのぼって処罰されることは到底容認できないはずだ。後からルールを作って裁くことは、国民は何が合法行為で何が違法行為であるかがわからなくしてしまう。逆に考えれば、国家権力は気に入らない奴がいれば、後から法律を作って裁くことでどんな人間でも犯罪者にすることが可能となる。

 こういった自由主義的な要請に基づいて成立している近代法の大原則が「罪刑法定主義」である(本当は民主主義的要請というのもあるが、ここでは省く)。一般には「法律が無ければ刑罰無く、法律が無ければ犯罪無し」(ベッカリーア)と定義される。これにより国家権力の刑罰権濫用を防止し、以て個人の行動の自由が保障されることになる。
 極東国際軍事裁判(東京裁判)に対する批判もこれと同じ論理に基づく。東京裁判は一般に「事後法による裁判」と言われている。「事後法」とは後から法律を作って裁くことであり、勝者が敗者を事後法で裁けば裁判がどれだけ恣意(ここでは復讐感情)に流れるか、ここまでお読み頂いた読者ならご理解頂けるだろう。

 この罪刑法定主義という原則は、何も刑法の世界に限定されるものではなく、何かを評価するときにも適用されるべき原則だと私は考える。評価基準が定まっていないのに、後からいいだの悪いだのと評価を下すのは後出しジャンケンのようなものであり、不公平なやりかただからだ(野球の解説者なんかでもそういう人が結構いたりする)。

 過去を批判する上で、この原則を意識している一例をご紹介する。それは、稲垣武『「悪魔祓い』の戦後史』である。同書にこの原則が完遂されているかには、あるいは批判もあるかもしれない。しかし、前書きにある、

* もちろん、進歩的文化人らの過去の言説に対する批判が、単なる「歴史の後知恵」であっては無意味だろう。そこで私はできるだけ、その言説がなされた時点でもこれこれのデータや情報が入手可能であったにも拘わらず、彼らの言説がなぜ錯誤し歪められたかという考察をしたつもりである。それが過去を批判するものの義務であろう。

という姿勢は大いに評価されなければならない。なぜなら、我々(のうちとりわけ進歩主義的歴史観に立つ人々)は、往々にして現在の価値観で過去を裁いてしまう愚を犯してしまいがちだからだ。
 歴史というのは端的に言えば、成功例と失敗例の膨大な積み重ねといえる。しかも、我々は、批評対象である過去の事象の結果をすでに知ってしまっている。人間のやることに完璧などそうそうあり得ないのだから、結果から逆算すれば文句はどこにでもつけられる(理屈と膏薬はどこにでもつく、というやつだろうか)。
 であるからこそ、過去を評価するにはその当時の価値基準やパラダイム(思考の枠組み)、あるいは歴史の流れを特に意識し、決して現在からの断罪するような傲慢なことにならないよう注意を払わなければならないのである。

 ちょっと話が歴史学における倫理のような側面に飛んでしまった。が、この余談(?)も反日法の制定経緯や韓国人の歴史観を批判する上でつながってくる(はずである)。ちょっと前置きが長すぎたが、次回、韓国の反日法について考察したい。
(この項つづく)

《関連記事》
・ダメなもの「韓国反日法」(1)
ダメなもの「韓国反日法」(2)
ダメなもの「韓国反日法」(3)

《参考文献》
・稲垣武『「悪魔祓い』の戦後史』(文春文庫)

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2004年09月06日

ダメなもの「日韓友好・北朝鮮との国交回復」

 すでに韓国の濃縮ウラン保持(ウラン濃縮実験)については、あちこちで取り沙汰されている。従って、ここではそれについて触れないことにする。詳細は以下のリンク先をご覧になって頂きたい*。

* 韓国のウラン濃縮実験
 これについて触れているサイトをいくつか紹介する。
・gori「韓国核開発疑惑が発覚
 〃「核と聞いたら黙っちゃおれない
   『Irregular Expression
・ろぐ「核疑惑――やっぱ韓国も、かよ
   『log
・西村幸祐「韓国の選択。日本の選択。---朝鮮半島の野望(3)
 〃「核疑惑と外国人参政権-----朝鮮半島の野望(4)
   『酔夢ing voice
・名塚元哉「韓国も悪の枢軸に仲間入り?
 〃「ウリナラ核開発その2
 〃「ソナチアンってオバタリアンの進化系?
   『あんた何様?日記

 それにしても凄いのは韓国の言い訳である。これも『あんた何様?日記』で指摘されていたが、「核濃縮実験は少数の科学者が科学的探究心で行った実験だった。すでにその活動は停止された」って、かつて北朝鮮の金正日が拉致事件について「拉致は一部の英雄主義者、盲導主義者が勝手にやった。すでに関係者は処分した」と釈明したのとうり二つである。国際社会に隠れて核を開発しようとしていたところもそっくりなら、言い訳までそっくりである。何がすごいって、これを釈明として発表してくる頭の悪さ(と言って悪ければ臆面のなさ)に私は驚いた。国際社会をこれで本気で説得できると思っていたのだろうか。両方とも到底納得できるような言い訳ではないのは火を見るよりも明らかだ。

 似ている点は他にもある。
 日本のメディア(特にテレビ)が韓国の核疑惑(といっても間違いではない)をスルーする理由は、韓国に売り込むドラマなどの利権にあるのではないか、という指摘は以前にもした。電通の金のために国を売る一連のキャンペーンには目も当てられないが、韓国の「文化開放政策」も北朝鮮そっくりなのである。
 そもそも、韓国が日本文化の流入を禁止した理由は、韓国には戦前戦中36年に渡って日本に侵略されたという耐えがたい過去があり、「日本の文化をむやみやたらに受け入れるべきではない」あるいは「日本文化を受け入れると、韓国文化だけでなく、ビジネス面でも打撃が大きい」という考え方によるそうだ。
 これは世紀の蛮行である。WTO(世界貿易機関)加盟国であれば違反にあたる行為であり、原則、国際法上の罰則や処置が取られても文句は言えないのである。それ以前に、いかに特殊な事情があるにせよ(その特殊な事情も到底納得できない勝手な理屈だが)、文化流入を一切禁止するなどという政策は、およそ文化を解せない野蛮人であるという表明に他ならない。
 そんな非文化的政策の廃止(日本文化開放)の際に、韓国に対して友好的(=盲従的)なテレビ局から優先して解放する、などとして日本のテレビ局を手なづけようとしている。こんなものに従い韓国の批判を一切握りつぶしてしまう日本のテレビ局も最低最悪だが、これによく似た構図を我々はもうすでにうんざりするほど見ているはずだ。

 そう、これは北朝鮮による日本人拉致事件の構図そのまんまなのである。自らの蛮行(北朝鮮は国家ぐるみの拉致、韓国では日本文化禁止政策)により違法状態(北朝鮮は拐取・監禁状態を、韓国は国際法違反状態)を作り出しておきながら、それの解消につき金品を始め有形無形の対価をを要求する。
 これら両国をゴロツキ国家と表現してもさほど不当ではあるまい。

 電通も日本のテレビ各局も、小銭に目がくらんで韓国にしっぽを振るのはやめた方が良い。手痛いしっぺ返しを食らうのがオチである。
 また、韓国にとっても文化開放政策はやめておいた方が良いのかもしれない。日本文化が次々入ってくると、日本文化禁止政策の陰で、日本のドラマ・音楽・アニメ・漫画などをパクリまくっていた事実が白日の下に晒されるからだ。そのときになってショックを受けたり「ウリナラ起源だ! 日本が韓国文化をパクった!」などと騒ぎ立てて恥を全世界に晒すことも十分あり得るからだ。

 何の得にもならないのに(むしろ有害)、自分を毛嫌いしている相手とわざわざ仲良くしようと媚びを売ることに何のメリットも見いだせない。やはり韓国とはつきあうべきではないし、北朝鮮と国交を結ぶ必要もないと私は思う。
(了)

《関連記事》
ダメなもの「韓国ブーム(韓流)をあおるマスメディア」

《リンク先》
・名塚元哉「韓国も悪の枢軸に仲間入り?
 〃「ウリナラ核開発その2
 〃「ソナチアンってオバタリアンの進化系?
   『あんた何様?日記

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・gori「韓国核開発疑惑が発覚
 〃「核と聞いたら黙っちゃおれない
   『Irregular Expression
・ろぐ「核疑惑――やっぱ韓国も、かよ
   『log
・西村幸祐「韓国の選択。日本の選択。---朝鮮半島の野望(3)
 〃「核疑惑と外国人参政権-----朝鮮半島の野望(4)
   『酔夢ing voice
・とやまにあ「遭難の韓国人一行、逆ギレ。損害賠償訴訟を検討(相互理解を深めよう)
   『「いせぶろぐ」 from 富山

posted by だっしー at 10:32| 大阪 ????| Comment(3) | TrackBack(3) | 特定アジア(中・朝・韓) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月07日

ダメなもの「アジアカップでの中国」

 昨日のサッカー・アジアカップ決勝は三対一で日本が中国を下し、二大会連続三度目の優勝で幕を閉じた。
 この大会では、ホスト国であるの中国が日本チームや日本人サポーターに対して信じられない嫌がらせを繰り返してきた。日本対オマーンや日本対タイといった、中国と全く関係のない試合において、中国人がわざわざチケットまで買って日本を罵倒しに入場していたそうである。日本人サポーターに中身の入ったペットボトルを投げたり、日本人選手が負傷すると歓声を上げる。そのほかにも山ほど嫌がらせがあったが、それについては以下のサイトを参照して頂きたい(7月24日以降に中国関連の記事が載っているのでリンク先以降の記事も是非一読されたい)。

・西村幸祐「韓国サポFIFA提訴が焦点 ところで北京五輪は可能?」『酔夢ing voice
・ろぐ「僕たちはまだ、今の中国を知らない」『log
・名塚元哉「中国も韓国も同レベルの民度の低さなんだなぁ・・・。」『あんた何様?日記

 そういえば、2002年の日韓主催のW杯においても、韓国人のサポーターが韓国の対戦相手の国の宿舎の周りで一晩中騒ぎまくって相手選手の安眠を妨害したり、イタリア代表に対し「アズーリの墓へようこそ」という横断幕を掲げたり、ドイツ代表に対してハーケンクロイツを掲げて試合前に撤去されたり、といったことがあったのを思い出す。
 奇しくも、反日政策や偏狭なナショナリズムを国民に教育しないと自国をまとめられない国に、国際スポーツ大会のホスト国などつとまらない、ということを両国が証明してしまった。
 そして今回、中国にはマナーもモラルも、儒教が売り物にしていたはずの「礼節」まで無いことが明らかになり、スポーツを楽しむ精神的余裕すらない姿が世界中に発信されてしまった。北京五輪の開催が可能がどうかについても、これを機会にもう一度検討し直すべきだろう。

 それにしても、このように中国の民度の低さを批判できるのも日本代表が優勝してくれたからである。日本の勝ち負けに関係なくこの中国批判は妥当するのだが、もし日本が負けていたら「負け惜しみ」扱いされてしまっていただろう。ホスト国にあるまじき嫌がらせや完全アウェーの中を勝ち抜いた日本代表選手に心から賛辞と謝辞を贈りたい。
「ありがとう! 最高でした、日本代表!!」
(了)

《リンク先》
・名塚元哉「中国も韓国も同レベルの民度の低さなんだなぁ・・・。」『あんた何様?日記

《トラックバック送信先》
・西村幸祐「韓国サポFIFA提訴が焦点 ところで北京五輪は可能?」『酔夢ing voice
・adoruk626「僕たちはまだ、今の中国を知らない」『log

posted by だっしー at 01:57| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 特定アジア(中・朝・韓) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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