お詫びと訂正
今回は当ブログのダメなもの「安易なバランス感覚」について「バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳」様より頂戴した反論(やえ様の「安易なバランス感覚?」のこと)に対する回答を掲載させて頂きます。
その前にまず、やえ様にお詫びします。
ダメなもの「安易なバランス感覚」は、批判の意図がわかりづらい文章だったと思います。反論を受けて再度読み直してみたところ、言いたかったことを書き落としていたり、論理展開が本題とは別の方向にずれていったりと、やえ様の仰るとおり、批判される方にとってはかなりポイントが捉えにくい文章だったと自分で思いました(しかも、その読みにくい文章を読み解いて反論分を掲載して頂いたに至っては、恐縮しております。また、ご負担をおかけしたと申し訳なくも思っております)。
次に、やえ様と読者にお詫びした上で、一度ダメなもの「安易なバランス感覚」を撤回させて頂き、その上で書きたかったことをもう一度整理し直し、一から書き直させて頂きます。以下がそう決めた経緯です。
やえ様のの反論文を拝読してから、ダメなもの「安易なバランス感覚」とその批判対象としたやえ様の「沖縄在米軍ヘリ事件議論に見える曲解暴論」を読み直し、反論文にご指摘のあった「これからの日本の国家ビジョン」も読み直しました。私の文章構成(と思考)の整理がついていない箇所や、内容的な遺漏があったとそのとき率直に思いました。
で、自分の主張を再度述べさせて頂こうと思った次第ですが、悩んだのはその方法です。当初はダメなもの「安易なバランス感覚」を解説するような形でこの文章を書くつもりでしたが、色々検討している内に以下のような形で改稿することに決めました。
(1) 一度全文を撤回する。
理由はいくつかあります。
一つは、特にバランス感覚云々といった箇所についてダメなもの「安易なバランス感覚」の記述では意を尽くせないと思ったからです。(反論文を拝読したとき)きちんとした形で私の言いたいことを書くには、やえ様の過去の記事などにもきっちり目を通した上でなければならないと思いましたし、それ以上にもっと詳細に論じなければ私の言わんとしていることが恐らく伝わらないと強く思いました。ちょっとまだ自分の中でも整理がついていませんので、勝手ながら今すぐ論じ直すというのは見送らせて頂きました。
もう一つには、より正確に私の批判の意図を主張するには一から書き直した方がいいと判断したからです。
(2) 内容を、「沖縄在米軍ヘリ事件議論に見える曲解暴論」で主張されていることへの批判に限定して論じ直す。
これは(1)の一つ目の理由とも多少関連しますが、ダメなもの「安易なバランス感覚」であれこれ詰めすぎて失敗したことを踏まえ、私が「沖縄在米軍ヘリ事件議論に見える曲解暴論」を読んだときに感じた違和感(とくに論理的なものに関しての)をクリアーにするためです。この意図がどの程度成功したのかは自分では判断がつきませんが、趣旨はご理解頂けたらと思います。
なお、内容としては小林よしのり擁護論の様相を呈しているかも知れませんが、私としましては「小林よしのりを批判するやえの論理に感じた引っかかり」を一つづつ指摘しただけです。あと、細かい指摘が多くなったのは、基本的なスタンスにそう大きな隔たりがないからだと思います。
(3) 題はダメなもの「安易なバランス感覚(全訂版)」とする。
本当は題も改めたかったのですが、色々考えた末、そのままにしました。それは一連の経緯を追う際の便宜のためであり、題それ自体にもう何の意味もありません。
以上、誠に勝手ではございますが、ご了承頂きたく存じます。
さて、最後は「論争」について少し。
「名指しで批判」とありましたが、これは単に批判対象の反論権を担保するためで、他意はございません(ですから、これからも批判対象が誰であれ、名指しで批判していく流儀を変えるつもりもございません)。
また、その上でこういうことを申し上げるのは変な誤解を生むかも知れませんが、以降私が何か批判したとしましても、それが「取るに足りない」と思われたら、スルーして下さい。
大急ぎで弁解しますと、これは「こちらが書いたものについて相手に反論する権利はあっても義務などない」という意味であり、断じて「批判するもしないもあんた次第だよ」という意味ではありません。批判すること自体こちらが勝手にやっているわけですから、反論に値しないと相手に思われたら無視されるのが当然だと思っております。
ですから、「他のサイトさんからリンクされた形で名指しされれば反応しないのも失礼だろう」と思って下さったことは大変光栄ですし、自分の書いたものに反応して下さったのは大変ありありがたいことだと喜んでおりますが、(反論の意義を見いだせないという意味で)ご負担になるようでしたら、遠慮無くスルーしてやって下さい。
以下は普段通り常体で記述します。
小林の反論の方法論について
ちょっと長くなるが、まず議論の流れを追うため、少し引用する。「沖縄を考える??」で小林は沖縄航空自衛隊の自衛官から届いた手紙を取り上げている。
先生の御主張にあえて反対します。
普天間基地返還と地位協定改定を主張されることは利敵行為に他なりません。
(中略)
自国の防衛は本来、自国でやるべきですし、アメリカの行いには目に余るものがあることも事実です。国家主権の侵害に何も手が打てない我が国の政府のふがいなさにも腹が立ちます。
そりゃ命令さえ与えられれば尖閣に近づく支那の艦船や竹島の朝鮮人を追っ払ってやります。しかし悔しいかな今の日本にはそれが出来ません。
今の日本にとって米軍基地は必要なのです。米軍基地が減ることは、それを補う力がない以上力の空白が生じます。
(中略)
支那から国を守るためには、ヘリの事故もあえて目をつぶることも致し方ありません。チャーチルは英国を守るためにコベントリーを犠牲にしました。その覚悟なくして国は守れません。
先生の主張は正しいと思います。しかしそれを今、口にすることは何の利益を生まないばかりか、敵の思惑にのせられるだけです。(『SAPIO』誌、新・ゴーマニズム宣言、小林よしのり著)
やえ的には、最後の方のご意見はちょっとどうかと思うのですが、それ以外の現実的な部分、すなわち日本には今武力と呼べる武力が無いのでアメリカに頼るしかない、という点は否定の出来ない指摘だと思います。
しかし、よしりん先生は最後の部分だけを持って否定されます。
あくまで自衛隊の中の一読者の意見である。自衛隊が「国防のために沖縄を犠牲にせよ」などという乱暴な意見を持っているわけではないので、誤解せぬように!
しかし案外、親米保守派はこのような非常な合理性を持っていそうだ。その下心を隠すために沖縄に対する無関心を決め込んでいるのだろう。
沖縄は日本国に常に利用されるだけ、捨て石にされるだけでも構わないというのなら、沖縄は守るべき日本国ではない、と言っているに等しい。(同上)
やえに言わせれば、どちらが乱暴な意見なのかと言いたくなります。
確かにこの自衛隊員さんの後半の部分「支那から国を守るためには、ヘリの事故もあえて目をつぶることも致し方ありません」というのは、ちょっと首をかしげたくなります。
しかしそれだって今の現実を冷静に正しく分析すればのコトであり、ましてなにも「沖縄を捨て石にしろ。沖縄は日本ではない」なんてコトは一言も言っていないのではないでしょうか。
やえがこれにつき、
最近のよしりん先生の主張は、このようにある一方の面だけを、最近は反米という面だけをことさら強調して、他のあとの面をその主張の激しさで消してしまうような手法をとっておられます。
(やえ「沖縄在米軍ヘリ事件に見える曲解暴論」)
と述べていることについては(多少の留保はつけるが)基本的に同意する。
小林は、自衛隊員の「普天間基地返還と地位協定改定を主張されることは利敵行為に他なりません」「今の日本にとって米軍基地は必要なのです。米軍基地が減ることは、それを補う力がない以上力の空白が生じます」という指摘に答えていない。
恐らく小林はこの「現場の意見」に反論できなかった(これは私の邪推)のだと思う(が、単に気づいていなかっただけかも知れない)。
ともかく、自衛官の手紙の文章を引用しておいてこれに答えず、(反論できなかった箇所にはだんまりを決め込み)別の論点だけを取り上げるのは論点ずらしととられても仕方ないし、それを故意にやっているのなら、そういう態度は卑怯と呼ばれてもいいと思う(単に気づいてないだけなら何とも言えない)。
ただ、自分への批判を取り上げておいてそれに言及しないことについては、暗に相手の主張を認めたものと読者の側がと見なしておけば良いだけのような気もする。あまり潔い態度と言えないのは確かだが、たとえ控えめにでも意思表示を(少なくとも相手の言い分を掲載)している点では、都合の悪い批判を一切無視・黙殺するよりは幾分ましだと思うからだ。
日米地位協定について
とはいえ、基地の統合については自衛官の言う方が正しいと思うのだが、日米地位協定についてはちょっと疑問を感じる。
この点、手紙の自衛官ははっきりとした根拠を述べていなかったので何とも言えないが、やえは「米軍の機密保持」という視点も考慮に入れるべきだと指摘している。それについては異論はない。
が、ここまで考えて新たに疑問が生まれた。
それは、果たしてヘリの事故だけで日米地位協定改定が全く否定されるのかということである(これはやえにではなく手紙の自衛官への問いになるが)。確かに小林が『沖縄論』でメインに取り上げたのはヘリの事故であるが、後半では米兵による少女の強姦(輪姦?)事件を取り上げている。米兵の性犯罪や基地外での交通事故などについては軍事機密という点では説明がつかないので、日本の司法権(警察権)が及ぶよう改正しても良さそうに思う。
この点、軍法会議が通常の裁判(特に日本の裁判・量刑)よりもずっと厳しいことを理由に日米地位協定改定を否定する意見を以前耳にしたことがあるが、これも妥当でないと思う。なぜなら、拉致被害者である曽我ひとみさんの夫・ジェンキンス氏が軍法会議にかけられ禁固30日という軽い判決が下ったように、軍法会議の判決・量刑は国の司法機関のそれと異なり、どうとでもなる可能性を有しているし、日本刑法の量刑の問題は事実上のことに過ぎず、そもそも別の問題だからだ。
やえはヘリの事故についてしかここでは語っていないので、本題でないと言えばそれまでなのだが、日米地位協定の各規定についても「別々に論じるべき」ものがあるのではないかと思ったのでそのことを指摘しておいた。
偏見はやえの方にもあるのでは?
日米地位協定の改定と日本の自主防衛の問題が別個なのは妥当な指摘だと思う。しかし、それがなんで、
よしりん先生や、一部反米保守勢力やぷちほしゅは、反米を唱えてさえいれば地位協定の問題も日本独自防衛の問題も解決すると思いこんでいるフシがあります。
(やえ「沖縄在米軍ヘリ事件に見える曲解暴論」)
になるのかがわからない。増して「さらには唱えていればヘリコプターが事故を起こさなかったんだとも言いたげです」とあるが、少なくとも小林がヘリの事故について描いている『沖縄論』所収の「沖縄を考えるC」の中には見あたらない。「沖縄を考えるC」についてはきちんと読めば、現状の問題点を指摘し「日米地位協定は『運用改善』ではなく『改定』しろ!」と主張している。軍事機密について考慮していないという点で一方的な議論だというのならまだわからなくもないが、この議論から 「反米を唱えてさえいれば地位協定の問題も日本独自防衛の問題も解決すると思いこんでいるフシがあります」とするのはさすがに無理があるように思えてならない。
この点については「戦争論」以降の小林をどう評価するかということに帰着すると思う。その点については、オマケの方に書いたのでそちらを参照頂きたい。
「捨て石」云々について
あの下りで言いたかったのは、
(1)小林の批判は親米保守派に向けられたものであり、この自衛官に向けられたもと解するのはちょっと違うのではないか
ということと、
(2)無関心を決め込むことは客観的には沖縄を「捨て石」(と言って悪ければ「犠牲」)にしているという論法はそう「曲解」とも言えないのではないか
という二点である。
(1)について。
小林は、
あくまでも自衛隊の中の
一読者の意見である。
自衛隊が「国防のために
沖縄を犠牲にせよ」
などという乱暴な意見を
持っているわけではないので、
誤解せぬように!
しかし案外、親米保守派は
このような非情な
合理性を持っていそうだ。
その下心を隠すために
沖縄に対する無関心を
決め込んでいるのだろう。
沖縄は日本国に
常に利用されるだけ、
捨て石にされるだけでも
構わないというのなら、
沖縄は守るべき日本国では
ない、と言っているに等しい。
(小林『沖縄論』)
と述べている。その後にある自衛官の手紙に共感を示す辺りにも加味して考えると、ここは親米保守派に向けた批判と解するのが妥当だと思う(形式的には一応批判の範疇にこの自衛官も入るのでちょっとややこしい面もあるが)。
この点、やえは、
確かにこの自衛隊員さんの後半の部分「支那から国を守るためには、ヘリの事故もあえて目をつぶることも致し方ありません」というのは、ちょっと首をかしげたくなります。
しかしそれだって今の現実を冷静に正しく分析すればのコトであり、ましてなにも「沖縄を捨て石にしろ。沖縄は日本ではない」なんてコトは一言もいっていないのではないでしょうか。
(やえ「沖縄在米軍ヘリ事件に見える曲解暴論」)
と、しているが、これに対して私は「少なくとも文脈上批判の重きを置いているのは親米保守派であり、批判の仕方としてはちょっとずれてないか」ということを指摘したつもりである(細かい指摘で恐縮です)。「やえにはだっしーさんのこの部分は当てはまらないのかなと思っています」は正にその通りで、私の方にも「沖縄を捨て石にしろ」と言っているという意味で言ったのではないことを釈明しておく。
(2)について。
これは一応成立する批判だと思う。
この点も、小林が自衛官を批判しているとするのではなく、米国追従する親米保守派に対してなされていると解するとつながるはずだ。
つまり、親米保守派は「日米同盟が必要だ」と言っている割に、その「痛み」には無関心を決め込むのか!? それは口では何と言おうと要は沖縄を「捨て石」(犠牲)にしているだけじゃないか!! という文脈で捉えるべきだ。そしてこう解すれば、小林の批判は「曲解」とは言えないことになるということを言いたかった。これも併せて釈明しておく。
* ただ、正直この小林の論法は「暴論」だと思う。北朝鮮の拉致事件の際にも同じような論理を振りかざす人がいたが、一口に「無関心を決め込む」と言っても個人差もあれば個人の事情も違うだろう。確かに沖縄の件についてもある程度の関心は持つべきだと思うが、それを十把一絡げに「関心を持たない奴は沖縄を『捨て石』にしてる」と言ってしまうのは乱暴以外の何ものでもない。
(了)
《関連記事》
・ダメなもの「やえ十四歳の小泉首相靖國参拝への評価」
・ダメなもの「安易なバランス感覚」
・ダメなもの「安易なバランス感覚」(全訂版)
・ダメなもの「安易なバランス感覚」(全訂版)のオマケ
《参考文献》
・小林よしのり『新ゴーマニズム宣言SPECIAL 沖縄論』(小学館)
(太字箇所は本文中での引用略記を表す)
《リンク先》
・バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳「沖縄在米軍ヘリ事件に見える曲解暴論」
〃「安易なバランス感覚?」
〃「これからの日本の国家ビジョン」
『バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳』
(太字箇所は本文中での引用略記を表す)