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2005年09月17日

ドラゴン桜の最終回…

※警告
 
以下の感想文にはドラマに対する否定的な評価多分に含まれているので、読まれる際にはご注意下さい。ってか、ドラマが大好きで、ドラゴン桜への否定的な感想なんかを読んだら怒るかも知れないと思ったら「読まないで下さい」
(くれぐれも感情的なレスだけはご勘弁下さい)


 今期、一番楽しんで見ていたのが「ドラゴン桜」(TBS系)だった。職業柄(バイトではあるが)勉強法や教え方などで感じていたことや考えていたことと符合することがたくさんあり、勢い原作*も全巻揃えてしまったくらいだ。

* ちなみに、原作の絵はお世辞にも上手いというレベルではないので、ドラマを見た後に読むと、「うわっ、目が腐る!」といういわゆる「青木雄二効果」を体験できるだろう。

 ドラマの方は主役の阿部寛がハマり役で、本人もノってやっているのがブラウン管を通じて伝わってきた。それに比べて長谷川京子は、演技ももう一つだったしそれほどキレイにも映っていなかったように思う。
 山下智久(どうして番組HPに写真がないのだろう?)と長澤まさみ、新垣結衣あたりは可もなく不可もなしといったところか。良かったのはサエコ(東大ブランドがなければアイドルなんてなれっこない、というに説得力があった。ある意味一番のハマり役だったと思う)と小池徹平(あのキャラが個人的にツボにはまった)、そして中尾明慶(良いキャラだったし、そのキャラクターを上手く演じていた)の三人だった。

 ドラマの内容については、中盤までは原作の雰囲気を守りつつ良い感じでアレンジされていて非常に好印象が持てた。
 しかし、美保純が倒れた辺りからご都合主義的な艱難辛苦が加速度的に増大し、最終回に至っては正直勘弁してくれというレベルに達していた。双子の弟が兄貴に賞味期限が切れたサンドイッチを渡し、それを食べた兄貴が翌日腹をこわしながら受験するというシーンがあったが、十日も前のサンドイッチを持ってる方も持ってる方だが、それを食べる方も食べる方である(たまごサンドもあったけど臭わなかったのだろうか?)。脳梗塞で入院中、病院の階段でまた倒れた美保純をかばって右手を骨折とか、もう取って付けたような試練の目白押しで、正直「最後の最後でこれかよ」と軽い失望が胸を去来した。
 もっとも、原作がまだ連載中で、しかも全11回という1クールで話をまとめないといけなかったという制約はあっただろう。でも、それにしても、あんまりにもお粗末すぎだった。

 最後の最後に引いてしまったのは東大に受かった山下智久が東大に行かず、独学で司法試験を目指すといったシーンである。
 はっきり言って無茶である。現行司法試験では大学の語学と教養課程を履修しておかないと一次試験という教養試験を余計に受けなければならなくなるし、新司法試験を受けるには法科大学院を出なければならないが、法科大学院に入学するには基本的に大卒でなければならないようである(各法科大学院によって違うようではあるが、大卒でない場合大卒と同等と認められるためにやはり別途試験を受けなければならないようだ)。桜木先生、これはさすがに「正解」じゃないでしょう。
 机*の上に有斐閣の六法全書を広げた辺りで「あっちゃー」という気はしたが(あんなの使ってる受験生にはまずお目にかかれない。分厚くても模範六法くらいまでである)、工事現場で働きながら「金融先物取引法第三条…」という、おそらく司法試験合格者ですら誰も知らないと断言できる法律の条文を暗記していたのには目からウンコが落ちてしまった。

* 正確には、家財道具を借金のカタにほとんど持って行かれ、段ボールをちゃぶ台代わりに使っており、その上であった。取って付けたような「貧乏」の演出であるが、それよりも、そもそもあんなちゃぶ台に差し押さえて持って行くほどの価値があったのか。

 よくわからないのだが、「矢島勇介」は一体何になるつもりなのだろう。というか桜木先生に習ったことが全然生かされていない。東大新聞見せられて情報を集めることがいかに大事か教わったはずなのに…

 少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。
 (吉田兼好『徒然草』第五十二段より)

 最後の最後で「バカはやっぱりバカのまんまなんだ…」と暗い気持ちになってしまった。
(了)

posted by だっしー at 01:29| 大阪 ????| Comment(11) | TrackBack(2) | テレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月05日

レビュー:アニメ『ケロロ軍曹』48話

 以前「心を鷲掴みにされたであります!」で紹介したアニメ『ケロロ軍曹』を今日(というか今週も)観た。
 今回の話は、かなり「濃い」仕上がりだったんじゃないかと思う。琴線に触れるものがたくさんあった。

 話の筋は、春の陽気をテーマにしたものだった。地球(ペコポン)侵略を謀るケロロ軍曹が春の陽気にだらける「ダメエネルギー」を集め、それを世界中にばらまくことで地球人(ペコポン人)を無気力化させて一気に世界征服を成し遂げようと画策するが、そのエネルギーが漏れてケロロ軍曹達がダメダメになる、それを冬樹とドロロが助けに行く、というような話である。

 琴線に触れたのはそこではない。今回の話で個人的に気に入ったのは、随所にちりばめられた「パロディ」である。一応子ども向けに作ってはあるが、わかる人にはわかるような「遊び」があちこちにあったのが面白かった。
 以下、無粋は承知で簡単にそれらを列挙したい。

 クルル曹長に命じて世界中のダメエネルギーを集めさせているときに、その背後に立つケロロ軍曹は、黒いマントに白いタキシードという「死神博士」に扮していた。
 また、その少し後のシーンでは、赤いオーバーオールを着て木のハンガーを振り回す「刑事物語」の武田鉄矢を演じていたりもした。畏友・あるぴにすと君が観たら涙を流して喜ぶだろうシーンである。
 ダメエネルギーの効き目を実験するために556(コゴロー)という明らかに藤岡弘、をパロったキャラで実験する際には、手術台の上に大の字に寝かせて四肢を拘束具で手術台に拘束してあった。まさに仮面ライダーでショッカーに改造される藤岡弘、そのまんまである。
 基地にダメエネルギーが漏れだしてケロロ軍曹達がダメになったのを助けに行ったときも、モアやタママ二等兵、ギロロ伍長などがそれぞれダメになるまでのことを断片的に日記に残しており、それを冬樹とドロロが読んでいくというシーンがあった。これも『仮面ライダー・正義の系譜』というゲームの中でいろんな人の日記を集め、読んでいくシーンがあるという話を人から聞いた。私はこのゲームを知らないので何とも言えないが、それを下敷きにしたのかもしれない。もっとも、日記に限らず言えば、『バイオハザード』なんかでも物語を進める中で研究者達の断片的な記録をあちこちで発見し、その都度断片的な情報を集めるというのはパターンではあるが。
 モア・タママ二等兵・ギロロ伍長ときて最後にスーパーコンピュータの前に突っ伏しているクルル曹長を見つけるのだが、クルル曹長が最後に書き残したのが、

「ケロロ、エースをねらえ!」

だった。「もはや意味不明でござる」とドロロに冷たく突っ込まれていたが、オチに『エースをねらえ』を持ってこられたのには、不覚にも笑ってしまった。
 中枢部ではダメエネルギーが暴走し、意思を有するようになっていた。そのピンク色のエネルギーが人型に収束するのだが、それが『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイと天使を掛け合わせたようなキャラになっていた。ご丁寧にそのエネルギー体の声優に林原めぐみをわざわざ起用しているあたり、かなり手が込んでいる。

 個人的にはこういうオマージュのようなパロディが随所に見られる作品が結構好きである。作品そのものの面白さに加え、端々にさりげなく込められた作り手側の「サイン」を発見して読み取る、という重層的な楽しみ方ができることももちろんあるが、それ以上に、そこには作り手の「オリジナル」に対する愛情のようなものが感じられるからだ。
 こういう点では、椎名高志の『GS美神極楽大作戦!!』なんかも好きだった(もちろん今も気に入っている)。同作でもこういった「パロディ」が随所に見られ、しかもそれは、漫画に限らず映画・歴史など幅広いジャンルでパロディがなされていた。読んでいるうちに椎名に対する「インテリヲタ像」が私の中でどんどん形成されていったのを覚えている。
 あと、ハロルド作石の『ゴリラーマン』や『ストッパー毒島』などに見られるパロディーのセンスも好きである。

 今回こういう作り手側の遊び心あふれる「仕掛け」を読み解く面白さを伝えたくてこの文章をしたためたが、ここまで書いたものを読み返してみると、「オマージュ的パロディが好き」という思いが先走っていて読みにくく、またかえって面白味が伝わりにくい文章になってしまった、と反省している。批判や反論ならなんぼでも筆が進む(指が踊る)ものだが、何かを褒めるって本当に難しいということを改めて痛感した。(しかもまとめてないし…書きっぱなしジャーマンでごめんなさい)
(了)

《関連記事》
心を鷲掴みにされたであります!

《参考文献》
・椎名高志『GS美神極楽大作戦!!』(小学館)
・ハロルド作石『ゴリラーマン』(講談社漫画文庫)
・〃『ストッパー毒島』(講談社)

《参考ソフト》
・プレイステーション2ソフト『仮面ライダー・正義の系譜』(バンプレスト)

《リンク先》
・サンライズ『ケロロ軍曹
・「天本英世」『仮面ライダー俳優名鑑』
・goo映画『刑事物語

posted by だっしー at 10:25| 大阪 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | テレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月20日

ダメなもの「突っ込まれるCM」

ケンタッキーが養鶏場を管理する理由

 ずいぶん昔の話だが、ケンタッキー・フライド・チキンの鶏は遺伝子操作されて足が四本の鶏を使っているという噂話を聞いたことがある。足が四本になったことでどれだけコストが下がるのかという利益と、そんな鶏を使っていることがバレたときの企業イメージへのダメージや、客にその「裏事情」が漏れぬよう秘密を徹底する手間を考えるとヨタの類であることは火を見るよりも明らかなので、笑い飛ばした記憶がある。マクドナルドがネズミだのミミズだのを使っているという「都市伝説」と似たようなものだ。

 そんなヨタなどすっかり忘れていたところ、これもまた何年も前の話であるが、ケンタッキー・フライド・チキンCMでこんなナレーションをしていた。

ケンタッキーの鶏肉は全国4000の契約農場で生産されたもののみを使用しています。

 おそらくは鶏肉の品質管理が万全であり、安全性をアピールする意味で言ったのだろうが、私はこれをみたときあの噂を思い出した。で、友達にこう言った。

「そら足四本の鶏をおいそれとそこいらの養鶏場には預けられんわな」

 もちろん冗談で言ったのだが、そのCMはほどなく見られなくなった。私の冗談があのCMを放送中止に追い込んだとは考えがたい。とすると、あのCMを見た人の中に私と同じようなことを考えたバカが相当数いたのだろう。
 真相はともかく、CM一本作るのもバカにならない。しょうもない突っ込みを入れられる余地のあるCMを作ったプランナーは片足を唐揚げにされても文句は言えないと思う。

 今回言いたいのは、CMを作るときはもうちょっと考えろよ、という一言に尽きる。

森下仁丹の緑茶青汁

 今現在流れている森下仁丹の緑茶青汁のCMをご存じだろうか。田舎の老夫婦(婆さんの方)がインタビューに答えるのだが、大意で以下のようなこという。

 私たちは年寄り夫婦だから食事もついついご飯とみそ汁と漬け物だけで済ませてしまいがちです。野菜もとらなきゃいけないと、嫁がこの仁丹の緑茶青汁を送ってくれるのです。ですから食後のお茶代わりに毎日飲んでます。

 私がこれを見た時の率直な感想は「お茶の代わりに『青汁』って、どんな舌しとんねん!?」だった。私の知り合いなどは「あのおばあちゃん、嫁に嫌がらせで青汁送りつけられてること気づいてないんやろうか…」と言っている。

アホに物言う雑穀米

 でも、これなどはまだましである。最近一番ひどいと思ったのが、日本直販(だったはず)の雑穀のCMである。
 訳知り顔の女が雑穀米を持ってこんな事を説明するのだ。

 最近、雑穀の中には海外で生産され、輸入されている雑穀もあります。
 お買い求めになる雑穀が、海外で生産されたものか、国内産であるかを見分けるには…

 そう言って女は雑穀の袋の「国内産」と大書された部分を指さす。

…このように、「国内産」と書かれているか否かが、国内産か否かを見分けるポイントとなります。
(大意)

 それくらい、お前に言われんでもわかるわい!

 このCMを作った奴は真性の馬鹿だと思う。
(了)

posted by だっしー at 09:49| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月15日

心を鷲掴みにされたであります!

 読者の皆様に陳謝しなければならない。
 ネットではNHKの偏向慰安婦番組にかかる一連の事件でエラい騒ぎになっている。その前には奈良で起きた女児誘拐殺人事件の犯人が捕まったりもしている。
 なのに、この激しい時流の流れの中、私は「とくダネ!」のオヅラを揶揄した2005年1月13日の記事を最後にまた更新をストップさせてしまっていた。まずそのことを陳謝します。

 記事の更新が止まっていたのには、勉強や仕事が忙しかったことももちろんあるのだが、土曜日に更新できなかったのは別の理由である。
 それは、『ケロロ軍曹』(テレビ東京系)という番組にハマってしまったからである。(今更と言えば今更なのだが)

 これ、最近人に勧められて知ったのだが、見てびっくりした。主題歌の馬鹿馬鹿しくも情けない内容に始まり(角田信朗に歌わせる辺りがいいセンスしてると思う)、子供に受けそうなタッチのキャラクターではあるが、登場人物や設定(主人公の趣味が「ガンプラ」)、キャラの作り込み方などにマニアックなこだわりがきっちり込められている(このマニアックさについては原作が「少年エース」(角川書店)連載ということで納得がいった)。何か知らんがすごいもんがアニメ化されてるなぁ、というのが偽らざる感想である。
 具体的な内容の詳細についてはこちらを参照頂くとして、一言でまとめるなら、地球(ペコポン*)侵略に来たケロン星人のケロロ軍曹が、諸事情により日向家の居候となっている、というのが主なストーリー(?)である。『Peace Powers!』で「可愛いキャラクターで子どもに軍人を親しませ、侵略主義を刷り込む恐るべきアニメ」とかなんとか書いてくれると面白いのだが**、それはさておき、癒されたい方、サブカルをたしなんでいらっしゃる方は一度ご覧になってみて欲しい。

* 原作では地球のことを「ポコペン」と表記していたが、アニメでは「ペコポン」となっているようだ。原作とアニメでは違うのだろうか? とりあえずアニメの方に従っておいたが、詳細をご存じの方、教えて下さい。

** 《追記》
 下のコメント欄にて、瀬戸内さんより『Peace Powers!』の2004年12月10日の記事で「ケロロ軍曹」について触れられている旨、ご指摘を賜りましたことを追記しておきます。どうも読み落としていたようです、すみません。

(了)

《リンク先》
・『ケロロ軍曹であります。
・平和勢力「憲法九条を圧殺する漫画
   『Peace Powers!

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2005年01月08日

ダメなもの「欽ちゃんと香取慎吾の新・仮装大賞」

 今日、夕飯を食べながら何気なく観ていたのが「第73回 欽ちゃんと香取慎吾の新・仮装大賞」だった。

 だいたひかるに「どうでもいいですよ」とネタにされていた審査員の仮装で幕を開けた仮装大賞だったが、相変わらず欽ちゃんの仕切りはどうしようもない。欽ちゃんが出場者に話を振る度に画面の前ではらはらしてしまう。要らんこと言って盛り下げないかとつい心配してしまう。シチューを食べていたのに全然体が温まらなかった。

 さぶい欽ちゃんのMCをフォローすべく数年前から司会に抜擢されたのが香取慎吾であるが、これが欽ちゃんに輪をかけてひどい。二人して気のきいたコメント一つ発しないどころかむやみに番組を盛り下げる始末である。プロデューサーはさっさとこの番組をつぶしたいのだろうか。

 そういえば、不合格だった人に審査員の得点パネルのおもちゃを記念品としてあげていたようだったが、あれは「へぇ」ボタンの二匹目のどじょうを狙ってるのだろうか。そんなことに目端を利かせる前にやるべきことがたくさんあるはずである。

 イタイ出場者とバニーガールだけが見所の同番組ではあるが、バニーガールまで露出が下がっていたのには正直勘弁してくれと思わずにはいられなかった。昔と違ってバニーガールの衣装が上下セパレートになったふさふさの毛皮になっていたのである。ヲイ、昔みたいに黒のワンピースに戻しやがれ!
 皮肉にも、あの番組で唯一改めなくて良かったところだけがきっちり改められてしまったことが残念でならない。
(了)

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2005年01月07日

ダメなもの「伊藤英明の織田信長」

 今年から毎週金曜日はレビューをお届けするのだが、今回はその一発目である。

 1月2日放送の新春10時間ドラマ「国盗り物語」(テレビ東京系)をご覧になった方はいらっしゃるだろうか?
 私は病床で第一部、第二部までは観たのだが、第三部以降は観なかった。治りかけた体調をまた崩しそうになったからである。

* 「ちなみに、ご存じない人のために注を付けておくと、『国盗り物語』とは、司馬遼太郎の小説である。ちなみに、前編が油売りから美濃一国を手に入れた斎藤道三の話で、後半がそれを継承する織田信長の話だ。

 第一部については、油商の女将役の高島礼子がすでにひどい演技をしていたが、主役が北大路欣也だったため全体としてはまあまあしまったドラマだったと言える。(個人的には土岐頼芸役の伊武雅刀の胡散臭さ爆発の演技がツボにはまった)

 しかし、第二部になって織田信長役の伊藤英明が出てきた辺りで全てがぶち壊しになった。
 元々伊藤英明は眼が垂れ眼気味の優しい顔立ちなので、信長役は無理なんじゃないかと思ってはいた。が、まさか全編を棒読みで通すとは思わなかった。しかも、その一挙手一投足がやらされてる感丸出しの演技なのである。失礼ながら「この人に役者をやらせるのは土台無理な要求なのでは?」と俳優・伊藤英明を根本から否定する疑念が私の胸を去来した。
 正直、あんなにひどい敦盛(舞と歌、両方)を観たのは初めてである。狙って出来る下手くそさではない。制作に携わった連中全員の見識と能力を疑う。
 伊藤の演技のせいでドラマは高校の文化祭の劇に堕ちてしまったと言っても過言ではない。

 そのひどさに輪をかけたのが、道三の娘で信長の妻である帰蝶(濃姫)役の菊川怜である。濃姫は頭の良い女性だというのが一般的なイメージであるが(少なくともドラマ中ではそのように描こうとしていた形跡があちこちにある)、菊川怜の演じる濃姫にはその知性がかけらも感じられない。東大出の才色兼備で売っているはずなのに、報道番組(バンキシャ!)のコメントにせよ、賢女の演技にせよ知性を全く感じさせないのは菊川にとって致命傷ではないのか、と要らぬ心配までしてしまう。
 もちろん、演技の方もひどいものである。伊藤に輪をかけた棒読みで、二人で敦盛を演奏するシーンに至ってはトラウマになるほどの下手くそさなのである。文化祭の劇レベルではない、お遊戯会以下だった。

 去年マスコミに作られた韓流ブームが巻き起こったが、その下地として日本における役者の不在が一因となっているのは否めない事実だと思う。役者不在を言い出すと日本映画の不振や映画界の構造的な欠陥まで論を進めなければならないのでここでは割愛させて頂くが、重厚なドラマに耐えうる厚みのある役者が極端に少ない(少なくともそれらがほとんど評価されない・露出しない)現状は憂うべきものがある。

 別の意味できちんと原作を読んでみようと思ったのが、同ドラマを見ての私の感想である。
(了)

《参考文献》
・司馬遼太郎『国盗り物語』(新潮文庫)

《リンク先》
・「国盗り物語」(テレビ東京系)

posted by だっしー at 10:00| 大阪 ????| Comment(3) | TrackBack(0) | テレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月06日

今年の初ヒット「TVチャンピオン・もちつき王選手権」

 今年の正月番組で一番面白かったのはこれだと断言しても良い。

 本日放送分のTVチャンピオン「もちつき王選手権」は本当にバカバカしかった。もちの早つきに始まり、バットや丸太という「変わり杵」でもちをつかせたりと、どう考えても企画倒れの香りをそこはかとなく漂わせたまま番組は進行していった。

 が、しかし、決勝戦の「もち早つき五目並べ」はそういう私の偏見を見事に打ち破ってくれた。決勝の競技とは、会場の神社にでかい升目が用意され、洗面器一杯分のもちを碁石に見立てて先に五目並べたチームが優勝という単純かつどうしようもなく頭の悪い競技だったのである。おバカ企画もここまでメーターを振り切ってくれるとある種の爽快感すら感じてしまう。
 ちなみに、決勝に残ったのは奈良の和菓子屋さんと、餅米作付け面積日本一を誇る岩手のもちつきの会と、佐賀のすすりもち同好会だった。

* 最後のチームは出てきたときは明らかに噛ませ犬的な扱いだったが、何とこれが決勝まで残ってしまっていた。
 リーダーの舛添要一にちょっと似たオッサンを始め、全員が還暦を超してきており、五目並べ終わるまでひたすらもちを突き続けなければいけない長丁場には明らかに不利だった(実際、最後の方はバテまくっていた)。
 それにしてもすいもち専門のオッサンたちに負けてしまったもちつきを売りにしている他チームはちょっと反省すべきだと思う。

 決勝の場面は本当に面白かった。でかい升目のステージの上に洗面器一杯のもちがどんどん並べられていく。その数が増えるに従って画面から放出される「頭の悪さ」も加速度的に増していった。決着がついたときには、ステージの上には洗面器33杯分のもちが並んでいた。これ以上頭の悪い画はそうそう撮れるものではない。

 正月番組と言えば金を掛けた割にどうしようもなくつまらないものがほとんどであるが、この「もちつき王選手権」はこれをあざ笑うかのような低予算のハイ「バカ」クオリティ番組だったと思う。
 これだからテレビ東京から目が離せない。
(了)

posted by だっしー at 22:05| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(1) | テレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月01日

ダメなもの「FNS歌謡祭」

 今日も軽い話題で。

 今晩帰宅して晩飯を食べた後の夜10時頃、ちょうど居間のテレビで『FNS歌謡祭』がやっていた。
 なにげなしにちょっとだけ見ていたのだが、「マツケンサンバ?K」を生でやり出したのにはびっくりした。初めのワンコーラスは歌なしで踊り子たちが腰を妙にくねくねさせてダサい踊りを踊るのだが、隣で父は「うわっちゃーっ! なんや踊り子も一人づつみたら全部悲惨やな」などと心ない中傷の言葉を画面にぶつけていた。
 で、ワンコーラスの間じらされた後、松平健が満を持して登場した。相変わらずの歌にア●丸出しの衣装。そしてジタジタと踏む妙なステップ。はっきり言って、あれだけリズムを微妙に外したステップを踏み続けるのはある意味神業である。
「マツケンサンバ?K」の映像は以前から見たことがあったのだが、、東京の高輪プリンスホテルかどこかでリアルタイムで松平健が「マツケンサンバ?K」を歌い踊っているのである。その事実を突きつけられて爆笑するなという方が無理な話である。
 でも、一番面白かったのは、目の前で「マツケンサンバ?K」が展開されていることに圧倒され、口をぽかーんと開けて「えっ?」という顔をしていた平井堅だった。あんな平井堅の顔、今まで見たことがない。
 可哀想だったのは歌の後だ。客が有名アーティストしかいない中でアレをやらせるだけでも拷問なのに、司会の楠田枝里子が一刻も早く立ち去ろうとしている松平健をつかまえてインタビューするのだ。「外人さんにはこれはどう映ったのでしょう?」などと無体なことまで言う。これはいじめか。
 あの格好のままで精神状態だけ素に戻された松平健が哀れでならなかった。

 その後、中森明菜が生演奏で歌っていたのだが、これがひどかった(ひどいと言えば、楠田枝里子が「中も明菜さんです」と紹介していたのもひどかったが)。中森明菜の声に艶がなかったのは措くとしても、後ろのバンドのぺらっぺらの音はなんなのだ。「DESIRE」から「少女A」までの間、あまりに迫力のない演奏に、「中森明菜って、ミキサーやスタッフ連中から嫌われてるのか?」と本気で思ったほどである。
 しかし、どうやら音がぺらっぺらなのは明菜いじめではないようだった。なぜなら、中森明菜のあとに福山雅治が別のスタジオから歌っていたのだが、それもバイオリンなどのバックの演奏がほとんど聞こえないぺらっぺらな音だったからだ。

 フジテレビに言いたい。

 お前ん所はどんなミキサー置いてるねん!! 「歌謡祭」やのに、音ぺらっぺらやないか!! 音がしっかりしてたんが「マツケンサンバ??」だけって、マジで歌番組やるきあるんか!?

 TOKIOが出てきたときに、昔のジャニーズの連中をVTRで振り返っていたが、フォーリーブス・郷ひろみ・シブがき隊・少年隊・光GENJI・TOKIOと見事なまでに全部ダサかった。それはもうダサいことに非の打ち所がないくらいである。狙って出来る芸当ではない。最後のTOKIOの長瀬智也など、肩までのロン毛に赤いジャケット、そして赤いぴちぴちの半ズボンという、どっからどう見たってダマされているとしか思えない格好でシャウトしていたのだ。
 何が目的なのかさっぱりわからない。

 歌とは直接関係ないけど、スタイリストももうちょっと普通の衣装を着せてやるべきだと思う。少しは10年後に恥をかくタレントの身にもなってやれよ、と思ったりした。
(了)

《リンク先》
・『FNS歌謡祭』(フジテレビ系)

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2004年11月20日

ダメなもの「テレビ中毒」

《お詫びとお知らせ》
 すみません。今日は起きたのが昼前で、夕方までには記事をアップするつもりでしたが、惰性で見続けている大河ドラマと、その後に放送されたJリーグの試合を見てしまいました。気がつくと夕方でした。
 先に今日の分の記事をアップさせて頂きました(前回(2004年11月19日分)もにアップしてあります)。申し訳ありませんでした。

どうしようもない香取慎吾

 もはやそれが「新撰組」だからという理由だけで惰性で大河ドラマ「新撰組!」を見続けている。今回で45回目か46回目のはずだから、およそ二日弱の時間を丸々無駄にしてきたことになる。全く無駄になったとは思わない。少しは「耐えることを学んだ」と思うからだ。
 ほぼ一年間ドラマを見続けてきた感想を簡潔に述べるなら、キャストがダメ、脚本がダメ、演出がダメ…要は全部ダメという一言に尽きる。特に、主役の香取慎吾の成長しなさ振りには目を見張るものがある
 思えば香取慎吾の挑戦はほぼ全てが失敗に終わってきたと言っていい。松田優作を目指そうと「蘇える金狼」をやって失敗。ハードボイルドやアクションには不向きであることが証明される。報道バラエティーをやっても時事ネタにまともなコメント一つ出来ないことが証明された。中卒を差別する気は毛ほどもないが、中学生レベルの基礎的な学力(特に社会科のそれ)すら不足している香取に報道バラエティーをやらせるのは明らかに拷問であろう。サポートに鳥越俊太郎をつけ、番組のひどさには磨きがかかっている。胸のはだけ具合にしか興味を示さない出たがりのジャーナリストをつけて、一体何がしたかったのかとすら思ってしまう。
 香取が唯一成功したのは「ドク」というドラマでベトナム人を演じたときだけである。

ボ、ボグうゎぁ…ド、ドぅグぅデス…
(訳:僕はドクです)

と拙い日本語を駆使したときの彼は、どう見てもベトナム人にしか見えなかった。

う、浮き足立つなぁあーっ!!(兄貴風に)

 大河ドラマが終わったら記事を書くつもりだったが、その後にJリーグの試合があったので引き続き見てしまった。普段はJリーグに全く興味がないのだが、浦和レッズが今日勝てば優勝とのことなので思わず見入ってしまった。12年待ち望んだ悲願だと知り、俄然レッズに感情移入してしまう。
 試合自体は普段のJリーグと違ってとても動きがあって面白かった。シュートをぼんぼん打つので見ていて楽しい。しかし、前半から特に相手方の名古屋グランパスの選手にやたらイエローカードが出ていたのが気になった。レッズの攻撃の早さについ反則で止めてしまうから? それともアウェーだから? たまたま興味を持って見たサッカー素人の私にはにわかには判別がつかないが、ジャッジ自体ホームのレッズに多少贔屓がかっていたようにも感じた(名古屋グランパスの選手がふたりも退場になったのはさすがにちょっとなぁ…)。
 しかし、今日のレッズは決定力が欠けていた(決定力が欠ければそら点数も入らんわな)。名古屋の守備の鉄壁もさすがだったが、初めての優勝がかかっていたので選手たちも普通の精神状態でプレーできていなかったのではないか。名古屋グランパスとは相性が悪いそうだし、前半からレッズの攻勢でチャンスやシュートは多かったが、今思い返すとレッズの選手はスタンドの異様なまでの熱気に飲み込まれ、どこか意識がうわずっていたように思う。
 ダウンタウンのコント「兄貴」のように、

「う、浮き足立つなぁーっ!」(浮き足立つなぁーっ!)

と思った頃には先制点を入れられていた。試合自体の内容は劇的で面白かったが、肩入れしていたレッズが負けてしまったのはちょっと残念だった。
 でも、浦和レッズのサポーターを見ていると、素直に「良かったね」と思ってしまう。ファンがガンバ大阪の負けを知らせる場内放送に沸いたときは、私も鳥肌が立ってしまったし(ちなみに、今日浦和レッズが負けても二位のガンバ大阪が負けると優勝が決まるようになっていた)。

 以上、日記の更新が遅れた言い訳(にすらなっていない)でした。…本当にごめんなさい。
(了)

《リンク先》
・「SmaSTATION」(テレビ朝日系)

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2004年11月12日

ダメなもの「真剣10代しゃべり場」

 風呂上がりにテレビを見ていた。ちょうど日付が変わる頃だったと思う。「探偵!ナイトスクープ」(朝日放送)があまり面白くないので何となくザッピングしていたら、NHKで「真剣10代しゃべり場」がやっていた。「うわっ」と思った私はすかさずチャンネルを変える。若人たちが「彼氏・彼女がいないと不安か?」というテーマで熱い議論(のようなもの)を交わしていたようだ。見ているこっちが恥ずかしい。

 私はあの番組が大嫌いだ。理由はいくつかあるが、あの番組に出ている十代の青年たちが、かつての自分にかぶって見えてしまうことが最大の理由である。

 中学・高校時代の私は、今以上にクソ生意気で自意識が過剰で、その上ちょっと政治だの思想だのを囓ったために根拠のないインテリ意識まで抱えた「嫌な奴」だった(と思う)。
 中学三年の頃に政治に興味を持ち(直接的な影響は「サルでもわかるニュース」という番組だった)、高校一年生で小林よしのり『ゴーマニズム宣言』にハマり、薬害エイズの署名集めなんかもした(最近、ゆうすけ氏にメールで「あのとき、食堂の一角で薬害エイズのパネル展までやったのには、内心引いてた」と述懐された。仰る通りで、タイムマシンがあればあの頃の自分を止めに行っていると思う)。周りはあまりそういうことに関心がなかったので、いつしかそういう周囲を見下していた(ということは、ゆうすけ氏は希有な例外か?)。根拠のないエリート意識やインテリ意識がどんどん醸成されていった。

 いつか、高校にフェミニストの方が講演しにきたことがあり、そのとき生徒会で応対をしたことがあった。そのとき、フェミがかった役員の女の子に批判文を書き、それが「大論戦」(?)に展開したことがある。
 大学四回生くらいの頃、当時の「論文」を読み直したことがある。印刷が悪かったので、打ち直してテキストデータにし、パソコンに残しておこうと思ったからだ。
 しかし、一読してやめてしまった。というか、最後まで読めなかった。
 あまりに感情的な批判文だったからだ。執筆当時の私は落ち着いて論理的な批判だけを展開しているつもりだったが、今読み返すと批判が三割に罵倒が七割といった感じなのである。血気盛んだったのか、若気の至りと言う奴か、とにかく恥ずかしくてとても入力するなんて出来なかった。

 かなり話が脇にそれてしまった。私が言いたいことは、彼らを見ていると、かつての自分の未熟さが重なって見えてしまうということである。しかも、私が恥をかいたのは学校内(生徒会内)だけで済んだが、彼らは「若気の至り」を全国放送で垂れ流されているのである。
 岸田秀は『嫉妬の時代』の第四章「『積木くずし』が物語る親子関係」で、弁護士や医者が職業上知り得た事柄につき守秘義務を課せられるように、親も子供のプライバシーを(それこそ子供が生まれたときから)見続けているのだから、子に対して当然に同様の守秘義務を負う、というようなことを言っていた。これは教育の場(教育テレビも含む)にも妥当するはずである。
 この観点からすると、人格形成過程の未熟な十代の意見を全国放送で垂れ流す事は果たして良いことかという疑問を抱かざるを得ない。彼らにかつての己の姿を重ね見てしまう私などは、彼らが十年二十年後にこのVTRを見たとき、恥ずかしさのあまり自殺してしまわないか、など要らぬ心配までしてしまうから、尚更そんなことを考えてしまう。

 そもそも、思想や考えを語ること自体、本質的に恥ずかしい行為だと私は思っている。
 かつて、西部邁が小林よしのりと対談した際に、「基本的に知識人は娼婦より恥ずかしい存在である。娼婦は己の体だけを晒すが、知識人はあろう事かその精神まで晒してしまう」というようなことを言っていた(小林よしのり『新ゴーマニズム宣言(2巻)』。私もそう思う。何かを表現するときには、批評や批判、ときには嘲笑や侮蔑すら浴びることを避けられない。だから、何かを表現するときには勉強や文章修行以前にそれらを引き受ける「覚悟」が要る。

 ではその「覚悟」を、未熟な十代たちに求められるのか。一概には言えないが、法が民事・刑事双方で保護する一方で、参政権を否定し、未成年が人格形成の面で未熟なことを考慮していることに鑑みると、その判断は慎重であるべきだと思う。少なくとも、放送する大人たちは、子どもにも大人並みの人格を認める安易で安っぽいイデオロギー(内実は、子供が大人に踊らされているだけ)を一度疑ってみなければならない。それが十代の未熟な意見を放送する側に求められる最低限の配慮(あるいはモラル)だと思うからだ。
(了)

《参考文献》
・小林よしのり『ゴーマニズム宣言(5巻)』(幻冬舎文庫)
 〃『新ゴーマニズム宣言(2巻)』(小学館文庫)
・岸田秀『嫉妬の時代』(文春文庫)

posted by だっしー at 10:04| 大阪 ????| Comment(3) | TrackBack(2) | テレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月06日

ダメなもの「御守にボカシ」

 今日は別のことを書く予定だったが、ちょっと気になったことを。
 先ほどまで「エンタの神様」(日本テレビ系)を観ていたのだが、ドランクドラゴンのネタに御守が出てくるシーンがあった。
 そのとき、赤い御守りにボカシが入っていた。見間違えかと思って後でビデオで確かめたところ、明らかにボカシが入っていた。
 で、その御守がどうも靖國神社の御守のようだったのである。赤い御守りの縦に金字で四文字刺繍がしてあった。下の二文字は当然「神社」だが、上から二文字目が四角かったのでおそらく「國」という字に違いない。引きの映像ではボカシは入っていなかったが、どうやら上の字は「靖」と思われた。

 何でボカシを入れたのだろう。
 司会はあの「偏向報道バンキシャ!」の司会も努める福澤朗だし、もしかすると反日マスコミの一環ではないか!?

…と一瞬考えた。が、ビデオで当該シーンを確認したときにそうではないと思い直した(以下、少しだけコントのネタバレがあるのでご注意頂きたい)。

 その御守りはコントの最後に出てくるのだが、御守を取り出した塚地武雅が鈴木拓に御守りを投げて渡し、それを鈴木取り損ねて地べたへ落とすのである。
 このシーンを見直して気づいた。もしかすると「靖國神社の御守を投げて地べたへ落とすとは何事だ!」という抗議を受けないために御守にボカシをかけたのではないか。
 そう考えた方が納得がいく。そうでなくても小林よしのり『新ゴーマニズム宣言Special戦争論』以降若い人たちを中心に保守化が進んでいるのである。雑誌『正論』(産経新聞社)や『諸君!』(文藝春秋)辺りに憂国系の投書をするようなバリバリ保守のお堅い初老の紳士なんかが、何かの偶然で(例えば息子や孫と一緒に観ていたとか。こういうおっさんが「エンタの神様」を観るとは思えないので)で不幸にもこのシーンを観てしまい、
コントというふざけたものの中で、英霊に対し何と無礼なことをするのだ! しかも、この番組は青少年が多数観ていることを考えると大問題だ!! そもそも、このような不真面目な番組を毎週放送できるほど豊かな暮らしは、前の時代が…(以下略)
というような抗議をすることも考えられる。こないだは本宮ひろ志が連載を打ち切られたばかりである。他人事ではない。

 右にも左にも過剰に反応する人はいるだろうし、それは仕方ないのかも知れない。私は割り切ってみられるが、熱心な神道の信徒が起こっても不思議ではない。

* でも、精神的百合っ気をそこはかとなく醸し出す長沢智・今野緒雪『マリア様がみてる』でロザリオを義姉妹のアイテム扱いされていたことにキリスト教徒が文句を言ったという話は寡聞にして聞かない(同性愛ってキリスト教では御法度なのでは?)。おそらく、敬虔なクリスチャンはきっと「マリみて」なんか読まないのだろう。私も全部読んでいるわけではないが。

 それにしても、「エンタの神様」の小道具係は何でまた星の数ほどある神社の御守の中からよりにもよって一番ヤバい御守を渡しちゃったのだろう。私はこの件で怒りは感じないが、もうちょっと考えろよ、とは思った(ついでに言えば、編集側にも「中途半端なことをして…」と呆れた)。

 多分騒ぎにはならないだろうとは思うが、もし万が一騒動になったら抗議した人たちに是非伺いたいことがある。
 かつて、「踊る大捜査線」では織田裕二がもってる御守は靖國神社のものだった。で、それが暴漢に刺されたときに身を守ってくれた、というシーンがあった。今回のドランクドラゴンや「エンタの神様」に抗議をするなら、あっちには抗議をされたのだろうか、と。
「踊る大捜査線」では撮影のために靖國神社の御守に穴まで開けてるわけである。「この御守、メチャメチャ効きますよ」という台詞があれば一個ぐらい穴を開けても良いのだろうか。地べたへ一回落とすよりも穴を開けてしまう方が遙かに罰当たりだと思うのは私だけなのだろうか。

 上記はさすがに冗談だが、撮影のために犠牲にするという点で連想的に思い出したことがある。それは、ムツゴロウさんこと畑正憲の映画『子猫物語』である。一番数が多いという理由で主人公が茶の虎猫「チャトラン」に決まったわけだが、滝壺に落ちるシーンで一体何匹のチャトランが滝壺に落とされたのだろうか…
(了)

《関連記事》
ダメなもの「真相報道バンキシャ!」

《参考文献》
・小林よしのり『新ゴーマニズム宣言Special戦争論』(幻冬舎)
・長沢智・今野緒雪『マリア様がみてる』(集英社)

《参考DVD》
・『子猫物語

《リンク先》
・『靖國神社
・『web版「正論」』(産経新聞社)
・『諸君!』(文藝春秋)

posted by だっしー at 07:55| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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